アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
93.陰り3
-
蒼たちにピンチが訪れているとは露知らず。
本日オフの圭は、けだもと自宅で夕飯の準備をしていた。
日本にいても、ゆっくりテレビを見る暇もない。
芸能情報も疎くなってしまっている。
たまには、どうでもいい下らない芸能情報などを見ておかないと、心の栄養不足になる。
そんな気がして。
あえて、ワイドショーのような番組を選択してみる。
さやえんどうのひげを取る作業をしながら、テレビを見る。
けだもが、遊んでとちょっかいを出してくるが、それをさっと払いのけつつ、作業を行なう。
今日は肉じゃが。
これがなくてもいいところだが、やっぱりないと彩りが悪い。
せっせとひげを取る作業を進める。
と。
先日、見たばかりの男が映る。
「金子……」
打ち合わせはしたものの、競演の日取りは少し先。
時間が空いたせいで、誰かと思ったが。
この男だったのか。
彼は時の人だ。
クラシック界で注目されるのって並大抵のことじゃない。
あの、金縁眼鏡の男、小西って言ったっけ。
あの人がうまく立ち回っているに違いない。
自分はマネージャーは予定のやりくりをしてくれるだけでいいから。
PR大使ではないのだ。
金子のコーナーでは、最近、彼が取り組んでいることから、プライベートの質問まで飛ぶ。
顔もいいと、彼女のことも聞かれるんだ。
なんだか他人事のように思える。
自分はこの立場ではなくてよかったと思うと同時に、本当に彼はこんなことを望んでいるのだろうかと疑問に思える。
『最近のクラシック界で、マエストロはどういった活動を今後していきたいと思われますか?』
女性キャスターの質問に、彼はカメラ目線でこう答えた。
『最近のクラシック界はマエストロ不在だ。巨匠と呼ばれた男も体調不良とかで音沙汰なしだし。やっぱり、これからは新しい風が必要なんだと思いますよ。新しい風を起こすのは、重鎮の古株ではない。自分たち若い世代なのだから』
体調不良って。
あいつのことかと圭は思う。
関口圭一郎。
温泉旅行以降、全く連絡を取っていないが、彼が活動を再開した噂は聞いていない。
どこでサボっているんだか。
「休みすぎだろうが……だから、こういうことを言われるんだぞ」
ぼそっと呟く。
金子は続ける。
『おれは日本の頂点に立ってみせますよ。古きよきはなしだ。これからはおれたち若いものの時代なのだから!』
宣言のようにも聞こえる台詞。
スタジオに画面が切り替わると、キャスターも調子に乗って話しを進めている。
『確かに。クラシック界と言うのは、定年がありませんからね。いつまでも巨匠、巨匠と言っていても仕方がないですよ。音楽も時代と共に変化する。今の世の中に沿った演奏を出来るのは新しい感性を持った若い世代の人たちかも知れませんね。頑張ってください……では、続きまして』
なんとなく耳障りでテレビを消す。
ひげを取る手に力が入っているのか。
マメが途中で折れる。
側でちょっかいを出していたけだもが、少しびっくりして逃げていった。
「バカ野郎。休みすぎだ。ボケ」
圭はむっとしたまま、静かになった室内でヒゲ取りに集中していた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
717 / 869