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94.夢見たものは7
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「おれはアメリカで育って。貧乏で。なんとか音楽をすることが出来たけど、結局は、地方のちっちゃなオーケストラの指揮しか出来なかった。自分の実力もないってことは重々知っていたから。仕方ないって思っていた」
だけど。
そんな時に拾ってくれたのが小西だった。
金子の容貌に目をつけ、売れると確信したのだろう。
小西の目に狂いはなかった。
日本ではクラシックの真髄を知る人は少ない。
実力が少々伴っていなくとも、若い世代などには受けた。
クラシックを聞きかじっている人たちも味方につけ、自分はあっという間に時の人になった。
だけど。
本当にそれでいいのか?
本当にいいのかって自問自答していた。
言葉に詰まる。
じっとしている金子を見て、圭は口を開いた。
「自分の音楽を作ればいいじゃないか。おれも同じだよ。父親の影響のおかげで、色眼鏡で見られる。だからこそ、自分なりの音楽を作りたいって強く思うようになった。最初は本当にいやだった。なんでおればっかりって思った。だけど、今は違う」
「違う?」
「そういう境遇になりたくてもなれないやつって多いんだなって。おれは関口圭一郎の息子だ。だけど、それに甘んじることなく、おれらしくやっていこうって。逆に考えると、圭一郎のことを側で見られて、常にいろんなことを学べるってすごい、いい環境だなって思った」
ここに至るまでには時間がかかったが……。
「お前はお前の立場で自分の信じる音楽をやればいいじゃないか。活躍したくても埋もれている音楽家は山のようにいる。特に日本ではクラシックへの興味が薄いから。すでに注目されている立場を利用して、自分らしい音楽を発信すればいいんだ。そうだろう?」
金子は少し拍子抜けした顔をして笑い出す。
「それはそうだ!その通りだ!」
くよくよしすぎだ。
ばかばかしい。
きらきらした目に憧れるだって?
小西は確かに売り出すテクニックは半端なく優れている。
だけど、音楽のことはあまり知らないようだし。
音楽には口を出してはこないじゃないか!
そう思ったらなんだか気が抜けた。
「ばかばかしいな!」
吹っ切れたかのように笑い出す彼。
何事かと小西が顔を出した。
「これはこれは。みなさんおそろいで」
彼はくるっと見渡して蒼を見つける。
「ああ。星音堂の」
「お邪魔していました」
「先日は大変ご無礼を……」
「いえ。あの。なんだか。いいんです」
そう。
なんだかいい気がした。
くよくよしていたのは自分も同じ。
構える必要なんかないじゃないか。
自分は自分。
圭の言っている内容は心に沁みた。
今まで悩んできた彼の言葉だから余計に。
「星音堂の件は撤回。本当は演奏してみたいと思っていたよ」
金子は涙を拭いて蒼を見る。
「え?」
「すごい残響時間だよね。楽しみ。おれの演奏、どんな風に聞こえるのだろう?」
「じゃあ」
「おれの発言は撤回するから。うん」
そこに携帯が響く。
相手は星野だった。
休みの日に星野がプライベートで連絡を寄越すなんて珍しい。
蒼は慌てて携帯を取る。
「もしもし?」
『おい!聞いたか?』
「え?」
星野は大きな声になる。
彼が興奮していることは珍しいことだ。
『関口圭一郎が動き出すようだが、復帰演奏会を星音堂でやるそうだ』
「え!?」
圭一郎がとうとう、復帰することになったらしい。
しかも、その復帰の記念すべき演奏会の会場として、星音堂を指名してくれたらしい。
きっと、星音堂の危機を耳にしたのだろう。
本日、水野谷の下にじきじきに有田からオファーが入ったようだった。
ちょうど、キャンセルが相次いでいたので、星音堂のスケジュールはがら空きだったので、圭一郎の都合のいい日と合致したらしい。
『よかったな。お前。世界のマエストロがじきじきに演奏会を開くんだ。世論はこっちの流れだぜ』
「あ、よかったです!とりあえず明日、出勤したら詳しい話しをしてください」
『分かった』
星野は嬉しそうに電話を切った。
蒼は圭に事情を話す。
それを聞いていた金子は苦笑した。
「敵わないよ。おれたちなんかが入れる余地はないな」
「粋なことしてくれちゃって」
圭は呆れている。
「でも、よかったです」
「よかったね。蒼ちゃん」
高塚も嬉しそうだ。
「金子。おれたちも負けてられないよ。年寄り連中はその地位にどっかり腰を下ろしているんだ。おれたちはそれを引き摺り下ろしていかないと」
「関口くん」
「一緒にいい音楽作ろうぜ」
「そうだな。本当にその通りだ」
金子は大きく頷き、圭と握手をした。
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