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97.マエストロの復活8
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「まあ。私の行動には、かならず利害が関わってくるからね。必ずしも純真な気持ちで動いているとは限らないんだけど」
「大人の事情ですね」
「軽蔑するかい?」
「いいえ」
蒼は社会人としてやってきて、いろいろな事情は知っている。
気持ちだけで動くのは下っ端でいい。
大きな企業の社長ともなると、気持ちだけで動ける立場なはずがないのだ。
「それぞれの立場ってあるじゃないですか」
「わかってくれるのかい?」
「おれは、社長さんなんて立場はわからないけど。きっとすごいプレッシャーがあるんだと思うんです。行動の一つ一つを慎重にするのは必要であると思われます」
「プレッシャーか。確かに。そうだね。この立場に慣れてしまうと。なんてことないのかもしれないけど。気づかない内にすごいストレスがかかっているのかもしれない」
羽根田は笑う。
話がひと段落する頃、蒼は見たこともないレストランに到着した。
「初めてです。びっくり。こんなところに……」
「やっているかどうか不安だったけど。うん。昔と変わらないね」
羽根田は苦笑して、蒼を促す。
二人は連れ立ってレストランに入っていった。
外観は古い洋館風のところだ。
壁には蔦が絡まっていて。
典型的な喫茶店のような雰囲気。
昭和の香りがした。
入口のドアにはお決まりのチャイムがついている。
カランカランと透き通る音が響く。
茶色の枠に、ガラスがはめ込まれているそれも、昭和の感じが漂っていた。
中は少し薄暗く。
緋色を基調にした照明は目に優しい。
ほっとする雰囲気だ。
客がいないのかと思うほど静かだ。
静かな音楽が流れている店内。
だけど、結構、客は入っているようで、少しびっくりだ。
羽根田は久しぶりという割には、慣れている感じで、店員の案内もよそに、一直線に奥の窓際に座った。
案内をしようとしていた若い女性の店員は、少し面食らったようだが、カウンターにいた初老の男はにこにこして「お久しぶりですね」とだけ答えた。
男は、この店のマスターらしい。
彼はグラスを片づけていた作業を中断し、羽根田の元にやってくる。
蒼もいそいそとそれに慣れて彼の向かい側に腰を下ろした。
「ご無沙汰していますね。マスター」
「珍しいお客様で、少々面食らっております」
「だろうね。何年振り?いや。何十年ぶりかな?」
「そうですね……」
マスターは思いを巡らせるしぐさをし、羽根田から視線を外す。
と、ふと。
蒼を見て、目を細めた。
「?」
「この方は、今取り組んでいる仕事の大切なパートナーなんです」
羽根田にパートナーなんて言われて、なんだか気恥ずかしい。
蒼はうつむいた。
「そんな」
「いやあ。驚きました。本当に。驚きました」
マスターはなにを驚いているのか。
蒼にはわからないが、羽根田の言葉が強烈すぎて、あまり気にならなかった。
一人で照れている蒼をよそに、羽根田とマスターは顔を見合わせて苦笑する。
「私も驚いているんだ。だから、余計にマスターのところに連れてきてしまったよ」
「本当に。ええ。そうでしょうね」
二人の意味深な言葉にも蒼は気が付いていない。
それだけ緊張しているのだ。
「熊谷くん。どれを頼みますか?」
羽根田にメニューを渡されて、蒼はしどろもどろだ。
あわててメニューに視線を這わせる。
好きなもの。
好きなもの……。
「あ!ボンゴレパスタ!ください」
もう、ほかのメニューは視界に入らない。
好物だけ。
初々しい態度に、初老の男二人は笑顔だ。
「私もそれで」
「結局、いつも同じのしか食べませんね。うちのメニューは他にもおすすめがあるのに」
「でも、マスター。私もボンゴレの大ファンでね」
「そ、そうなんですか?」
「奇遇だね。大好きだよ。そのメニュー。ここではそれしか頼んだことがないよ。あとは……」
「食後のプリンアラモードじゃないですか」
「そうそう」
「あ」
それは自分も好き。
蒼はうつむく。
「好みが合うなんて、うれしいね」
「年が離れていても気が合うっていいですね」
マスターは苦笑して、カウンターに戻っていった。
料理は奥の厨房で行っているらしい。
彼はまた、自分の作業に戻っていった。
なんだか居心地が悪い。
蒼はそわそわしていた。
大企業の社長と。
地元のレストランで。
しかも、同じメニューを頼むって。
なんだか親近感だけど。
気恥ずかしい思いだった。
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