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98.剔抉4
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圭一郎の復帰コンサートは大盛況だった。
世界各国から押しかけたマスコミ。
重い頭を抱えながら出勤すると、長蛇の列になっている星音堂。
厳重にスタッフをそろえてくる羽根田のやり方ですら、少々混乱が生まれていた。
しかし、屋外の利用の許可もとっていたので、入りきれなかった観客に対しては、入口付近でのモニタ鑑賞や、ネット配信などを利用し、なんとかさばいたようだった。
二日酔いも手伝って、蒼はぐだぐだだったけど、一日が終わってほっとした。
鑑賞に来ていた圭に連れられてなんとか帰宅はできたが、さんざんな一日になったことはいうまでもない。
すべてを引き払って、圭一郎たちも送り出した羽根田は、星音堂の外観を眺めていた。
暗闇にそびえたつそれは、なんともいえない感覚に襲われた。
生き物?
なんとなく生きている建物な気がする。
この施設が、人を惹きつける理由がなんとなく分かった気がした。
小さい、田舎のホールだけど。
特別ななにかが。
「昨日と今日と。本当にお世話になりました」
背後に立っていた奥川が頭を下げる。
「大変な仕事だったね。ご苦労様」
「いいえ。仕事に大変も楽もありませんから」
「相変わらずお堅いねえ」
羽根田は笑う。
彼女は珍しく恥ずかしそうにうつむいた。
「今回は、オーケストラやマエストロだけじゃなく、ここの施設職員の教育もしてくれていたんだってね」
「教育だなんて。私たちのやり方は見ていただきましたが、先方がどう受けとめているのかはわかりません」
「人はそれぞれの立場でのやり方っていうのがあるから。我々のやり方をまるっと盗もうなんて考えていないだろう。ああ見えてしたたかな課長さんだからね」
羽根田の脳裏に浮かぶ水野谷。
やり手だと思った。
彼はあっという間に出世していくだろう。
公務員の世界はわからないが、羽根田の人を見る目に狂いはない。
「そうそう。先日の話なんだけどね」
彼はそういうと、手に持っていた書類を奥川に渡した。
見たことのある男の写真が掲載されている。
『……A.K氏の身辺調査結果報告書』
奥川はじっと書類を見る。
「やっぱり。私の予想通りの結果のようなのだよ」
「そのようですね」
「どうかな?先日の話を勧めようと思っている。例の件を成功させるには、君の力がぜひ必要なんだが」
「……ボスの命令とあれば」
表情一つ変えずに、自分の要求を呑む彼女を見て、羽根田は瞳を細める。
「本当に悪い男だ。君が断れないのを承知でお願いしているのだから」
「構いません。そのための私ですから」
「すまないね。本当に」
羽根田は星音堂に視線を向ける。
「君の大切な人を奪ってしまうこと。許してほしい……」
暗闇はどこまでも暗く。
気が遠くなるほどであった。
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