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99.訣別1
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猶予は一か月と言っていた。
辞めるなら、本当であれば1か月前には申し出なければならない。
悠長に構えていられるような状況ではなかった。
決め兼ねていた蒼は、鬱々とした雰囲気で日常を過ごす。
体調もいまいちだし、気持ちもいまいちだし。
本当になんだかぼんやりして過ごす毎日だった。
ただ、心の中は毎日嵐だ。
どうしていいかわからずにすごしていた頃。
蒼の心を決めさせる事件が起きた。
いつも通りに仕事から帰ると、高塚の靴がおいてあった。
珍しい。
今日は来るなんて聞いてなかったのに。
「ただいま」
中に入ると、居間で圭と高塚は難しい顔をして黙り込んでいた。
「どうしたの?」
「あ、蒼」
「蒼ちゃん。おじゃましています」
「どうしたの?」
蒼は再度質問を繰り返す。
「仕事の件なんだが……」
圭は言いにくそうにしていたが、高塚が説明を始める。
圭としては、蒼に心配をかけたくないのだろう。
詳しいことを伝えるつもりがなかったのだが。
高塚がどんどん話を進めた。
「なんか、仕事。邪魔されている感があるんですよ」
「邪魔?」
「そうそう。前から決まっていた仕事。キャンセルが相次いでいて。相手方に問い合わせても、特に理由はないが、趣向が変わったのでの一点張りで」
蒼はぎょっとする。
「し、資料とか、ある?」
「見ても仕方ないよ」
圭はそう言いつつ、蒼にキャンセルになったイベントの資料などを見せる。
表だって書いてはいないけど。
どれもこれも。
羽根田の仕事ではないか!
驚愕した。
これが羽根田の力。
蒼がなかなか決断できないだろうと踏んで、少しずつ圧力をかけてきているのだ。
二人は気づいていないが。
これは明らかに羽根田のせいだ。
「蒼?」
手が震える。
「大丈夫か?蒼」
圭は不安そうに蒼を見た。
言葉を失った蒼は、圭の顔をまともに見られない。
「ご、ごめん。ちょっと調子悪くて」
「調子悪いのに、こっちこそごめんな。こんな話。家にまで持ってきて」
「すみません」
高塚も申し訳なさそうだ。
「ううん、ううん。いいの。ごめん。もう、寝るね」
汚いやり方!
怒りを覚える。
羽根田章。
結局。
彼もビジネスの世界で生き残ってきた人材なのだ。
いい人だ、なんて思ったのが間違いだ。
絶対に屈したくない!
「でも……」
でも。
このまま、圭の仕事がなくなってしまったらどうしたらいいのだろう?
彼は才能あふれるヴァイオリニスト。
これから世界に飛んで行かなくてはいけない人なのに。
自分のせいで、彼が潰されるようなこと。
あってはならないと思う。
どうしよう。
どうしたら。
結果は決まっているじゃないか。
もう。
大人の世界って汚い。
圭にはとても相談できない。
きっと相談したら、「そんなことには負けないから。蒼はここにいて」っていうに違いない。
だけど。
本当にそれでいいの?
自分がここにいることで、圭が不利益になるなんて。
そこまでして自分は圭の側にいられるほど、無神経ではない。
自分のせいで苦労している圭を見ているのは辛い。
自分には何も出来ないのだから。
きっと。
何も出来ない。
だったら、今自分に出来ることって一つしかないじゃないか。
ぼんやり浮かぶ月を見上げ、蒼は大きくため息を吐いた。
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