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103.それぞれのこと1
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こっちの風土にもすっかり馴染んできた。
圭は、身支度を整える。
今日は、特に仕事が入っているわけではないが、彼を必要としてくれている人が待っているから。
少し寝坊したせいで、時間がいつもより遅めだ。
約束しているわけではないけど。
やっぱり時間通りにいかないと心配をかけてしまう。
「にゃおん」
足元でまとわりつくけだも。
けだもも、いつの間にかこっちに住みついていた。
日本に置いておく訳にもいかないし。
蒼が日本にいると思えば、もしかしたら、家にふらっと寄るかもしれない。
そう思って、しばらくは桜のところに居候させていただが。
蒼がこっちに来ていると聞いたのもあって、圭自体の生活もこっちに本腰を据えることにしたのだ。
高塚も同様である。
彼ももっぱら、こっちが中心に仕事をしている。
たまに、東京には戻るようだが、こっちの事務所兼、自宅を構えて悠々やっているようだ。
最初から比べると、彼も成長したものである。
ヨーロッパの本場の人材と仕事を調整してくるようになったのだから。
立派なものである。
今日も、圭はオフだが自宅に事務所を作ってしまったせいで、彼は仕事に追われていることだろう。
悪いことをしたと思ったが。
高塚いわく。
「仕事をしているほうが時間を持て余さなくていいから」との回答だった。
本当に助かる。
圭はヴァイオリンを二つ持つ。
自分の愛器と、少し小さいもの。
慌てて、玄関から出て、階段を下りる。
目的地は近所だ。
ざわざわしている雑踏を通り抜け、レンガ造りの裏道に入りこむ。
薄暗いそこを抜けると、少し開けた裏の広場に出た。
『遅い!』
案の定。
そこにいた約束の人たちがぶうぶう文句を言った。
『悪い。寝坊した』
『大人の癖に寝坊だなんて』
『恥ずかしいー!』
口では憎まれ口だが、みんなは笑う。
そこに待っていたのは、子供たちだった。
総勢5名。
男の子3人と女の子2人。
みんな圭を見て瞳を輝かせている。
『今日はなに、教えてくれるの?』
『先週の続き!』
圭は小さいヴァイオリンを出して、中心にいた男の子に手渡す。
『ウィル。調整の仕方、覚えた?』
『任せて』
子供たちは嬉しそうにせっせとヴァイオリンの調整をした。
つい最近。
ここで集まっている子供たちに出会った。
彼らは、比較的貧しい家庭の子供で、いつも、ここで集まって遊んでいた。
子供の遊びは無限だ。
なにをしても面白いらしかった。
だけど、なによりも。
圭の持っているヴァイオリンに異常な興味を示した。
本当だったら、高度な教育なんて受けられない階層の子供たちだから、ヴァイオリンなんて物珍しかったらしい。
最初は面白半分で、ヴァイオリンを教えていた。
だけど、回数を重ねるごとに、子供の成長に目を見張った。
この子達。
才能がある。
みんなそれぞれいいところばかり。
それに、なにより。
ヴァイオリンをいじっているときの子供たちの瞳。
きらきらしていて、純粋に音楽を楽しんでいることがありありとわかった。
純粋に音楽を楽しんでいる子を見るのは圭にとったら新鮮であり、うれしいことだった。
それで、結局。
休みの日になると、こうしてここに足を運んでいたのだ。
本当だったら、この子達の分のヴァイオリンを揃えてあげたいって思うけど。
そこまでしたら、きっと。
この子たちの親がよけいなお世話だと怒るのではないかという危惧がある。
まだ、早いのだ。
ここで、もう少し触れて。
この子たちから、勉強したいと親に伝えなくちゃいけないことだ。
圭は、そのお手伝いができたらいいと思っていた。
楽譜なんかよくわからない。
まずは楽譜を読む練習。
そして、自分のお手本に合わせて弾く練習。
ヴァイオリンを弾く格好も様になってきている子供たち。
蒼のことで気持ちは嵐のようになっていても、ここに来ると、圭も少しだけ。
気持ちが落ち着くことができた。
『今日は、前回の続きから』
圭はそういうと、自分のヴァイオリンを構える。
子供たちは目を輝かせて圭の動きを注視していた。
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