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103.それぞれのこと2
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圭の活動はゆったりペースだった。
ヨーロッパはクラシックの発祥の地である。
日常に溶け込んでいるそれを展開することは、容易であり、困難なことでもあった。
元々、ヨーロッパの心意気が吹き込まれている音楽を、東洋人が理解することは難しいという考え方が通例である。
自分では理解していると思っていても、その解釈が本当に受け入れられるかどうかは疑問だ。
それに、東洋人というフィルターがかかる。
「どうせ、東洋人の演奏なんて」
そういう目で見られてしまうと、伝わるものも伝わらないのではないか。
そう思ってしまうのも多々ある。
ただ、圭にとっては、ゼスプリでの優勝が活動の根底にある。
あの時。
みんなに受け入れられたのは事実だ。
最初は、そんなに注目されていなかったけど、圭の演奏を好いてくれる人もたくさんいた。
あのときの演奏を忘れずにいてくれる人もいるようで、高塚のオフィスには、ファンからのレターが届くこともしばしばあるという。
少しずつだろう。
圭一郎のように、世界に名を馳せることを目標にするわけではないけど。
自分が頑張っていることを発信することで、蒼に自分のことを示す機会になればいいのだから。
ただそれだけだ。
今の自分の願いは。
レッスンを終え、アパートに帰る途中。
たまたま携帯が鳴る。
路地脇のベンチに腰を下ろす。
相手はショルだった。
『圭!元気か?』
『珍しいな。お前が電話をよこすなんて』
『こっちに来ているのに、ちっとも顔を合わせる機会がないな。別にいいけど……』
素直じゃないな。
圭は苦笑する。
『お前の活躍は嫌というほど耳にしているから。顔を会わせなくても大丈夫だ』
『ちぇ』
自分のほうが素直じゃないか。
『ところでどういう用事なんだよ?』
『そうそう。今年のゼスプリ。聴いていたか?』
『知っている。超新星なんだろう?』
自分のときも新星現るなんて言われたけど。
毎年、毎年同じ文言で笑ってしまう。
ショルは主催側にいるから、毎年、新しい子を見ていて比べられるから面白いだろうな。
『お前になんとなく似た感じの新人だ』
『似たって……』
演奏をまるっと的な言い方をやめて欲しい。
自分は個性的にやっていると思っているのに。
『失礼だな。ショル』
『そう言うなよ。だって本当のことだもの』
自分に似たって……。
そうか。
新人扱いしてもらえないくらいになってきているんだな。
この業界も、どんどん新しい人が出てくるから。
いつまでもペーペーのつもりでは、後からくる若い世代に追い越されてしまうのだろう。
まだまだ、地位が確定しているわけでもないのに。
年数ばっかりたった新人なのだろう。
自分は。
『同じような演奏をする子だ。話をすると、圭とは真逆だけど。話をしてみるのは面白いかもしれないよ』
『別に。興味ないけど』
『っていうか。興味がなくとも、仕事だからね』
『は!?』
ショルは意地悪な声色で続ける。
『お前のマネージャーには送っておいたんだけど。同じようなタイプのゼスプリ優勝者、新旧対決みたいなイベントを企画したんだ。彼は乗り気みたいだけどね』
『おい!』
案の定。
キャッチが入ってくる。
高塚だ。
仕事の件だろう。
『ショル……』
『こっちではこっちのやり方があるんだ。せいぜい頑張って。おれも行くから。楽しみにしているぞ』
電話は一方的に切れる。
「あいつっ!」
圭は大きくため息を吐いた。
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