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18歳以上ですか?
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103.それぞれのこと7
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新人ヴァイオリニストとの面接会場は、スタジオの一室だった。
まずは、彼の練習風景を見てほしいと、相手側からの提示だったので、蒼と奥川は、マジックミラーになっている別室に通された。
別室に入る直前、彼の経歴などを渡されて、蒼はため息を吐きながら室内に入る。
中では、彼が練習をしている音が響いていた。
その音を聞いて、蒼はふと動きを止める。
はっとした。
なに。
この音。
「……」
茫然と立ち尽くしてしまう。
この音。
馴染みのある音?
資料をそこそこに、慌てて練習室へ視線を向ける。
中では、栗色の髪の男性がヴァイオリンを弾いていた。
なんだ……。
蒼はうれしいような。
がっかりしたような気持ちで軽く息を吐いた。
びっくりした。
一瞬。
圭の音色かと思った。
重くて悲しいような。
弾いている男は、まったくのアジア人ではなく。
白い肌に、茶褐色のくりくりした目を持っている男だった。
「子供?」
「まだ16歳だそうです」
奥川の声に、一人でいるのではないということに気づき、咳払いをする。
動揺を見てとられたくないと思ったが、後の祭りのようだ。
彼女は鋭いから。
「どうです?」
椅子に座り、震える手で資料に視線を落とす。
コンクールではくが着いたと聞いていたが。
「ゼスプリ……」
今年の優勝者である。
ショルのお墨付き。
『いかがですか?』
彼のマネージャーか?
少しぽっちゃりしたスーツ姿の男が蒼を見る。
『素敵な音色ですね。若いし。今回はゼスプリでグランプリをとったということですが、将来が楽しみな人材ですね』
『よかった』
脈ありと思ったのだろう。
男はにこにこして、奥川を見る。
彼女は男には愛想もつかず、まっすぐに前を向いていた。
正直、蒼にはわからない。
彼が売れるかどうかなんて。
だけど。
圭と似た音色を持つそれは、蒼の心をしっかり掴んで離さない。
ショルとの相性もいいようだし。
それはそうかもしれない。
元々、ショルは圭の音が好きなようだ。
好みも似ているし、スキルも問題なければ、彼になるのは当然のことなのかもしれない。
売り出してみよう。
自分が、圭をサポートできない分。
同じような音色を持つ彼を。
売り出してみよう。
蒼はそう思った。
「決めます」
彼の言葉に、奥川は反応して男を見る。
『商談成立だそうです』
お互いにメリットは大きい。
羽根田がヨーロッパで名前を売るためには、いい音楽家のパトロンになるしかない。
また、若い音楽家にとって、大きなバックアップは活動の源になる。
お互い、いいことづくめだ。
『それでは、本人に会っていただけますか?』
マネージャーの男はウーヴェ・ステュッツマン。
ドイツ人だということだ。
そして。
『セバスティアン・リュンガーです』
若きヴァイオリニストはそう名乗った。
若い!
蒼の印象はそれに尽きた。
日本の高校生よりはしっかりしているのだろうけど。
目もきらきらしているし。
なんだか羨ましかった。
『蒼!?若い!そんなんでトップなの?すごい!すごい!』
セバスティアンはニコニコして蒼の手をぎゅうぎゅう握っていた。
こんな明るい子が、どうしてあんなこの世の終わりみたいな沈んだ音を出すのだろう?
なんだか興味がわいた。
『よろしく』
『こちらこそ!』
ヨーロッパに来て、なんだか少し明るい気持ちになれた蒼だった。
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