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109.路地裏の邂逅3
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この子たちと関わると、本当に癒される。
音楽を生業としてしまった性なのだろうか?
楽しむってこと。
見失ってしまうことも多い。
だから、ここに来ると、純粋に楽しむことを思い出すことができるのだ。
『弾いてみたくなった』
ルルはそういう。
『素敵な音でした。おなかの底に響いてきて。あったかかった』
素直な気持ちを伝えるのは苦手だけど。
どうしても伝えたいなって思った。
『ありがとう。とっても嬉しいよ』
彼はそういうと、ヴァイオリンを構えた。
『よーっし!子供たち!最後はこの曲だよ』
お祭りのときによく聴く陽気な曲。
圭もヴァイオリンを取り出して、ルルの演奏に合わせる。
子供たちはポシェモンを持って嬉しそうに踊りだす。
なんと幸せな時間だろう。
こんな素敵なヴァイオリニストがこの町にいたのかと思うくらい。
圭はとっても幸せな時間を過ごすことができた。
子供達が帰っていく姿を見送って、圭はルルと並んで座っていた。
なんだかとっても心がほかほかしていた。
『君はプロかな?』
ルルは圭を見る。
『駆け出しです。出発が遅くて。やっとこっちで活動を始めたばかりなんです』
『そうか、そうか』
彼は笑う。
『えっと。あの。プロなんですよね?なんか。すっごくいい音だし』
『昔の話さ』
ルルは空に視線を向けた。
『こんな老いぼれだからね。余生を楽しんでいるところだ』
クラシックの盛んなヨーロッパだ。
プロまがいの人はたくさんいるだろう。
だけど。
この人の音は本物だ。
圭は記憶の糸を探る。
この音。
聞いたことのある音。
どこで?
最近、ほかの演奏家の音を耳に入れていないことがまずったと思った。
『出発が遅いなんてことはないよ。音楽は年を重ねて成就することもあるし、成就に失敗することもある。その年齢で、それぞれの魅力がある。君には君の音があるじゃないか』
『そんな……』
ほめられるのに慣れていない日本人の特性が出る。
ルルは笑う。
『本当に、日本人は奥ゆかしい。君のお父さんと同じだね』
『え!?』
あの自信家が?
圭は笑う。
『そんな。あいつが、……ってか、ルルは父を知っているんですか?』
『そうだなー……。古い友人だ』
圭一郎と知り合いだなんて。
やっぱり有名人だ!
圭はよけいに考えを巡らせる。
『圭一郎はあんな態度をとる男だけど。内心は自分の演奏を謙遜している。だからこそ、面白い演奏をするのだけど』
老人は腰を上げた。
なんだか、お別れは名残惜しい気がした。
『あの!』
『ん?』
『いや。なんでも……』
『また、逢えるさ』
彼はそう言いうと笑顔で消えていった。
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