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109.路地裏の邂逅6
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「ええ!?え!」
圭も電話をしていた。
相手は桜。
彼女から連絡が入るなんて珍しいことだった。
『ルルはあたしの師匠だよ!あんた、バカか!?ヴァイオリンやっていてユーリ=ラヴェルを知らないバカがいるか!?』
「そっか!ユーリ=ラヴェルか!!」
自分でもバカかと思う。
信じられない。
あの、カリスマヴァイオリニストに気付かないなんて!!!
ここ数年は、まったく演奏活動をせず、どこにいるかもわからない伝説のヴァイオリニストだ。
『さっき、ルルから電話があってびっくりしたよ。あんたの演奏を聴いて、すぐにあたしのことを思い出したって言われた』
さすが、自分の弟子のまた弟子を見抜くとは……。
「すっごい、いい音だと思ったら」
『当然だろう?』
「でも。結構なお年ですよね?」
『今年90になるんじゃないか?』
「そんなに……」
背筋のすっと通った姿は彼を90歳には見せない。
『しばらく姿を消していたと思ったから、てっきり死んでしまったかと思っていたけど』
「失礼なこといいますね」
圭は苦笑する。
桜らしい。
「路地裏で子供たちとヴァイオリンを弾いたりしていたんです。この前、1か月日本に帰っている間、子供たちの面倒を見てくれていたみたいで……」
『そんなことしていたのか。全く』
声の調子から、心配していたことがうかがえる。
口でひどいことを言っているけど、本当は、自分の師匠の安否を気にかけていたのだろうな……。
『ありがとう』
不意に、桜の口には似合わない言葉が飛び出す。
「え?」
『いや。いい。頑張れよ!』
がちゃっと携帯は切れる。
「素直じゃないんだから」
圭はため息を吐いた。
それから、自分のCDを探ってルルの演奏を取り出す。
自分だって持っている。
ジャケットの彼はまだまだ若くて。
今日、逢ったあの老人が彼だったなんて気づく余地もない。
小さいころ。
大好きで大好きで何度も聞いていたから。
ケースはボロボロだ。
プレイヤーにかけて、久しぶりに聴いてみる。
確かに。
今日聞いた彼の音だけど。
だけど、やっぱりちょっと違う。
年を重ねた結果なのだろうか。
でも、今日の音は好きだ。
この音もいいけど。
今日の音のほうが深みがあっていい。
クラシックの上品な音よりも。
地域で受け入れられている民謡を弾く彼は素敵に見えた。
ユーリ=ラヴェル。
なぜ、ルルと愛称がついているのか、圭にはわからない。
だけど、この業界では「ルル」で通る人だ。
もったいないことをした。
もっと、いろいろ聞いてみたいし、見てみたい気がした。
本当に要領が悪すぎる。
圭は、嬉しいような、がっかりしたような気持ちでベッドに転がった。
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