アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
110.焦る気持ち4
-
パトロンと演奏家が親密な関係になるのはよくあることだ。
どちらが先かは分からないが、親密な関係だからこそ金を出すこともあるし、金を出しているうちに親密な関係になることもあるのだ。
羽根田が今年の優勝者を、全面的に面倒を見るという話は聞いていた。
だけど。
現実として突きつけられると、ショックである。
羽根田に養護してもらいたいなんて思いもしないけど。
蒼が、セバスティアンの養護をしているのかと思うと、嫉妬せずにはいられないのだ。
しかも恋人という表現は、ただのパトロン以上の関係じゃないか。
そんな。
今まではいなくなった彼の姿を追ってきただけだ。
それは、彼の心が変わっていないことが前提だったからだ。
なのに。
蒼に新しい恋人がいるっていうことは、自分がいくら探しても、たとえ探し出したとしても。
もう手の届かない存在になっているということなのだ。
真意を確かめたい。
蒼にすぐにでも会って問いただしたいのだ。
室内が賑やかになって、高塚たちが戻ってきたのを確認して、圭は部屋を出ていく。
「圭くん?」
高塚の声は耳に入らない。
圭はふらりと廊下に出ると、スタッフに指示を出していた奥川を捕まえた。
「蒼は?」
肩を掴まれて、奥川は目を丸くする。
「なんです?突然に」
「蒼はあんたと一緒に仕事をしているんだろう?どうして蒼はこない?」
「先ほどもご説明いたしました。別件です」
「……そんなに羽根田はおれたちのことを疎ましく思うのか?」
それとも、蒼が本当に自分のことをどうでもいいと思っているのだろうか?
蒼は、この場に来たくなかったのか?
自分と会いたいと思ったりしないのだろうか?
自分の意思でこないのだろうか?
彼女たちにそうさせられているのだろうか?
『蒼とおれは恋人なんだから』
セバスティアンの言葉が胸をざわつかせる。
気持ちは嵐のようになっているのに。
言葉が出てこない。
圭から絞り出された言葉は、切々と廊下に響き渡る。
「疎ましくだなんて。ただ、仕事に支障があるものは排除すべき対象になります」
「支障?蒼にとっておれは障害物ってことなのか?」
「そうは言っておりません。今回の案件は蒼さんにもきちんと報告済みです。この場にいらっしゃらないのはあの方の意思なのです」
本当なのか?
自分がここに来ることを知っていながら来なかったと?
やっぱり。
蒼は自分には会いたくないと思っているのか?
だけど。
蒼の気持ちなんかどうでもいいくらいに、圭は蒼への想いでいっぱいになる。
嫌われてもいい。
嫌われるのであっても、一目でも蒼に会いたい。
「頼む……」
「はい?」
圭はうつむく。
そして、突然。
その場に手を着いた。
心配をして様子を見に来ていた高塚やピゼッティはビックリする。
土下座!?
高塚は動きを止める。
「お願いします!蒼に、どうか、蒼に逢わせてください!!」
「そんな、みっともないこと。やめてください」
奥川は珍しくうろたえた。
『お!あれが噂に聞く、日本人の切腹か!?』
ピゼッティはにこにこして叫んだ。
『違います!あれは、土下座です!!』
高塚が訂正する。
「お願いします」
「ちょ、ちょっと」
奥川は、圭の腕をつかんで立たせようとするが、圭は床から動く気はなかった。
情けない。
こんなことになるなんて。
こんなところで土下座をすることになるなんて。
自分でも思ってもみなかった。
だけど、こうなると行動をやめることができない。
ここまで来たら、引き下がることはできないのだ。
蒼のことになると恥も外聞もない。
「お願いします!」
こういう事態には慣れていない彼女。
おろおろするばかりだ。
高塚は、圭を止めようと思って一歩前に踏み出したが、とどまる。
これは圭の戦いなのだ。
自分が途中で止めてしまってはいけないのだ。
高塚はぎゅっとこぶしを握り締めて耐えていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
836 / 869