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111.父と息子3
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「そうだ。桜はルルにほれ込んでたからな。彼女はなにもかもを捨ててヴァイオリン一筋だったから」
その一筋の人が、今では飲み屋のままになっているんだけど。
やっぱり、彼女は謎が多い。
「彼、お前と知り合って、なんだかヴァイオリンを弾きたくなったそうだ」
「そうなの?」
「そうらしい」
有田がいいタイミングで圭に封筒を渡す。
白い封筒を開けてみると、チラシとチケットが一枚入っている。
『ユーリ=ラヴェル リサイタル』
シンプルなチラシ。
真っ黒な一色擦りのチラシ。
ただ一言、タイトルと日時、場所が書かれているだけだった。
会場は圭のアパートから歩いて数分の古ぼけたホールだった。
「ブランクがあって演奏会を行うのは、勇気のいることだな」
「そうだろうね」
そうだろう。
しかも、ルルの場合は、かなりのブランクだ。
自分は、腕をけがして少しの間だけ休んでいたけど、それだってすごくこわかった。
弾き切れるかどうか。
自分の評価が変わらないかどうか。
そこを押し切っても、リサイタルをしようと思ったルルは本当に強い人だと思えた。
「これ」
チケットか。
「いいの?なかなか手に入らないんじゃない?」
「有田が骨を折ってくれた」
「有田さん、すみません」
圭一郎は圭を見る。
「彼の演奏がどうなるか、おれは分からないが。彼の生き様をよく見てくれないか」
「父さん?」
「あの人。好きなんだよねえ。おれ」
圭一郎がほれ込む男か。
全盛期のころの輝きは感じられないかもしれない。
だけど。
圭一郎が心配しているほど、ルルは衰えていないと圭は思っている。
路地裏で聞いた彼の演奏はとっても素敵だったのだから!
「絶対に行くから大丈夫だよ」
「よかった」
「チケットを入手するのに、骨をおりました。圭くん。仕事なんか入れないでくださいね」
「もちろんです」
珍しく、有田にも後押しされる。
圭はなんだか変な気分になりながらも、チケットに視線を落とす。
結局。
圭一郎たちは、蒼の件はなにも言わずに帰って行ってしまった。
なんだか、ちょっとがっかり。
ルルのチケットをもらえたことは、本当にうれしいことだけど。
蒼の情報があるのかと期待した自分が馬鹿だった。
ベッドに転がって、チラシに視線を向ける。
圭一郎に、ルルに、桜。
昔、この人たちになにがあったのか知りたい。
そう思った。
父親たちのことに興味なんかないと思っていた。
だけど、ルルみたいに、圭一郎もまた、年老いていく。
彼がこの世から消えてしまったら、知れないことってたくさんあるのだろう。
知りたい。
彼のこと。
父親のこと。
そんなことを考えている内に、圭はまた、うとうととしていた。
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