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112.圭の休日7
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『素敵だったねえ。ルル』
圭一郎は老体の彼をねぎらう。
『この年になるときついね。でも、久しぶりに若いころを思い出して、わくわくした』
二人は控室にいた。
『おれもですよ。ルル。とっても心が掻き立てられた』
『そういってもらえると、なんだか嬉しいね』
『これを機にまた演奏活動を行うの?』
『いや。これで最初で最後だろうね』
『惜しいことを……』
『もう年寄の時代は終わりなんだよ。圭一郎』
ルルは笑う。
『私は自分の創造する力よりも、これからの若い世代に教えなくてはいけないことがたくさんあるって学んだ』
『そうですね』
向かい合ってソファに座り、ルルは前かがみになって圭一郎を見る。
『育てたい子がいるんだ』
『ルルのおめがねに適うなんて、光栄な子だねえ』
『君の息子なんだけど……』
『圭!?』
圭一郎は苦笑する。
『どこを見込まれたものだか……』
『素直に音楽を楽しむことを知っているようだ。ただ、若い子から比べると遅咲きだから。結構苦労しているような印象だった』
『然り』
圭一郎はうなずく。
『あの子は自分のチャンスをうまく活かせないで来た子でね。ほったらかしにしていたから悪いんだろうが……』
ルルは笑う。
『そういう自分だってその口だろう?圭一郎』
『そうかもしれないな』
『親子とは似るものだよ。あの子は、きっと君の背中を見て育っているから。君と同じ道を歩むんじゃないかな?だけど、そろそろエンジンをかけないと。本当に取り残されてしまうよね』
『そういってもらえるとありがたいが……』
『預かってもいいかな?』
『ええ。もちろん』
『ありがとう。残りの人生で大きな仕事ができてうれしいよ』
『ルル』
『彼にどこまで教えてあげられるかわからないけど。楽しみだ』
圭一郎は苦笑する。
そして、圭に思いを馳せる。
蒼には会えただろうか?
有田が骨を折ってくれた。
自分もなんとかしてあげたいと思った。
こういうことはしたくはなかったが、羽根田の仕事を2つ受けることにした。
まあ、羽根田自体、おかしな仕事は持っては来ない。
星音堂で一緒に行った、自分の復活コンサートのときを思い出した。
完璧な仕事だった。
自分も気分よく棒を振れたから。
羽根田との仕事は嫌いではない。
ただ、取引みたいな真似事は圭一郎のポリシーには反することだった。
だけど、今回はそんなことは言っていられないと思った。
圭には蒼が必要。
親としてそれは確信していることだった。
親として、大したことはしてあげられない。
だったら、これくらいのことは目を瞑らないと。
有田はずいぶん苦労して、羽根田に探りを入れ続けてくれていた。
そして、星音堂のときに世話になった、奥川という女性が蒼の秘書をやっていることをつかんだ。
そこからは、早いものである。
彼は彼の人脈を駆使して、奥川に連絡を入れたのだ。
彼女が、この話を受け入れるとは思い難かったが……。
案外、スムーズに了承したのにはびっくりした。
なにか訳があったらしいが……。
たまたまタイミングもよかったらしい。
彼女の心もまた、揺れていた時期だったようだ。
有田の巧みな説得に、彼女はすっかり折れて、今回の演奏会のチケットを蒼に渡してくれていたのだ。
自分が出ていくと、蒼が警戒すると思い、ロビーの影から見ていた。
一人でやってきた蒼は、なんだか大人びていて。
そして痩せていて。
光が陰っているように思われた。
このままではお日様が消えてしまう。
そんな気がしてならなかった。
今日、圭とはあったことだろう。
二人はどうしているのか。
圭一郎は微笑み、そして大きく息を吐いた。
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