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113.変革のとき4
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一方の高田。
彼も悩んでいた。
このまま市役所に戻っても、結局は管理職まで行けない人である。
こんな年になって、本庁も馴染めなかったら、自分の人生はなんだか最悪になりそうだ。
「はあ……」
彼は大きくため息だ。
「あらやだ。なによ?」
高田の妻は食事を摂りながら、彼を見る。
「いや。うん。いろいろ」
「いろいろって?」
「だから……」
今まで仕事の話なんか妻にしたことがない。
いまさら、相談しても……。
そういう気持ちになった。
だけど。
今日に限って、妻は怒り出す。
「じゃあ、ため息なんかつくのやめなさいよ!」
「は?」
「まったく!!人に話す気がないなら、悩みがあることを隠してって言ってるの!!」
「な、なに怒ってるんだよ?」
「まったく!いっつもいっつも思っていたけど……。確かに、職場も違うし。あなたの悩みなんかいちいち聞いていられないけど。でも、なにか本当に悩んでいるなら話してみたらたらどうなの?夫婦なのに。信頼されていないってことね」
息子も娘も県外に行ってしまって、二人きりの夫婦。
他愛もない話はするけど、口数少なくコミュニケーションもない夫婦。
黙っていても分かり合えるとは思ってもいないけど、話すのも面倒というか……。
「悪かったよ」
いつもだったら言い返すところだけど、ここで言い争っても仕方がないし、そういう気力もなかったのだ。
妻は面白くなさそうに高田を見る。
「で、なんだっていうの?」
「……わかったって。言うから」
高田は、今日の水野谷の話を彼女に説明した。
すると、彼女はまた怒り出す。
「あんたッ、なんでそんな重大な話をしないつもりしてんのよっ!」
「だって、相談したってって思って……」
「じゃあ、どういうつもり?仕事のこと。しかも細かいことじゃないでしょう?今後の身の振り方なんて、結構重大なことじゃない!」
彼女が自分のことで、こんなに怒ったのは初めてかもしれない。
いつもは、大して興味も持たれていないのかと思っていたのに。
高田の家は夫婦で市役所職員である。
彼女は順調に本庁で仕事をしている。
同じ市役所職員でも部署も全く違う、世界も違うで、話は合わないと思っていた。
それに、子供のことには熱心な彼女も、高田のことに口を出してきたことはなかったから。
自分のことはどうでもいいんだろうくらいにしか思っていなかった自分に気が付いた。
妻は自分に興味などない。
そう思っていたのだろう。
だけど。
この怒り方からすると。
そうでもないのかな?
冷静に妻の智恵を見つめていると、彼女はバカにされたと思ったのか、余計に怒り出した。
「もう頭に来た!相談になんか乗ってあげないんだから!!」
「そ、そうじゃないって。ただ。……」
「ただ?」
「ただ。なんだ、おれのこと心配してくれるんだなって思ったら気が抜けちゃって」
智恵は逆にあっけにとられて高田を見る。
「なに言ってるのよ。確かに。子供たちが巣立ったから、一生懸命に働かなくてもって思うけど……。でも。それでも、今まで頑張ってきたんじゃない。二人で。あたしがあなたの心配をしてなにが悪いのよ……」
彼女は瞳を伏せて言葉を続ける。
「こんなにも長く一緒にいると、いちいち言葉にしなくてもわかると思っていたのに」
「わからないことだらけだった、ってことか……」
高田は苦笑する。
「心配よ。公務員であれば間違いはないと思う。年金も退職金のことも。だけど。星音堂に勤務しすぎたわよ。いまさら本庁に来て、あなたがうまくやっていけるかどうかも心配よ」
智恵は見ていられないものとぼそっと付け加えた。
「そうだよな。世渡り下手だもの。おれ」
「そういうこと」
「悩むね」
「……あなたの気持ちはどうなの?」
「智恵の言う通り。公務員としての地位は欲しいけど、いまさら、本庁での仕事ができるかどうかも不安。若いならまだしも。こんな年だろう?みんなについていけるかどうかわからない」
「そうよね」
「……その民間企業で信用なるのかしら?」
「公表されていないからわからない。でも、水野谷課長が信頼できると断言しているのだから、有名な企業なんだろうけど」
「いつ切り捨てられるかわからないわよね」
「それも怖いよな。こういうご時世だし」
二人は顔を突き合わせて悩む。
「返事はいつまでなの?」
「正月明けだ」
智恵は苦笑する。
「大いに悩みましょうか」
「え?」
「二人で悩んで決めましょう。そうすれば、責任も半分で済むし。どうしてもって時はあたしが養ってあげるわよ。年寄二人が生活するくらい、なんてことないでしょう?」
「頼もしいね」
「夫婦でしょう?」
智恵の言葉はうれしい。
答えは出していないけど。
高田は肩の荷が下りるのを感じていた。
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