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113.変革のとき5
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「おい!ガス!!」
鋭い声で、はっと顔を上げると、味噌汁が吹き零れていた。
「わわ」
「ぼやっとしているからだ。バカ!」
隣で蒸し野菜の盛り付けをしていた安齋は吉田を見ている。
「ごめんなさい」
「素直だな」
「うん……」
気分が乗らない。
安齋に口答えをする気も起きない。
今日の星音堂の話で頭がいっぱいだった。
どきどきしていたのだ。
吉田の道は決まっている。
本庁に戻るのだ。
星音堂にいたいのはやまやまだが。
安齋と同じ仕事をしていきたいのだ。
だけど、本当に自分にできるのかどうか不安なのだ。
「話してみてもいいんだぞ?」
セッティングをしながら、安齋はそういうが。
こんな中途半端な気持ちを彼に伝えたところでわかってもらえる訳がないと思った。
黙る。
黙るしかない。
吉田は、味噌汁を分けてテーブルに並べた。
食事が始まっても、口は重い。
吉田はもくもくと食事をしていた。
すると、珍しく安齋から話題を切り出してきた。
「星音堂が民間に移譲されることになったそうだな」
「え?」
吉田はびっくりして顔を上げる。
「なんで知ってるの?」
内密の話って。
水野谷は言っていたはずだけど……。
「おれが元々、そこにいたせいで。聞きたくなくとも勝手に耳打ちしてくるやつがいるんだよな」
「そっか……」
吉田は箸を止める。
そうなると、安齋には自分の悩みなんかお見通しだろう。
怒られるな。
そう思ってうつむいた。
だけど、安齋からかけられた言葉は意外なものだった。
「悩んでいるのか?」
「え?」
「怖いのだろう。本庁に来るのは」
「……」
安齋は茶碗をおいて吉田を見ていた。
ウソをついても仕方がない。
吉田は正直に気持ちを打ちあけた。
「怖い。おれ、本庁の勤務したことがないから。星音堂しかしらないから。初めて本庁に行くのかと思うと、本当に怖い」
安齋はふむと頷いた。
「同感だ」
「え?安齋さん?」
彼は吉田をまっすぐに見据えている。
「おれもそうだった。市政100周年で本庁に異動が決まったとき。はっきり言ってどうなるかわからなかったから怖かった」
「安齋さんも怖いってあるの?」
「おれだって人間だ。未知なる世界は怖いに決まっているだろう?」
「そ、そうだよねえ」
「人一倍の苦労は必要だ。だけど、本庁に行って学んだことがたくさんあるぞ。おれは後悔していない。それに、お前にも同じ道を進んでもらいたいと思っている」
安齋がそんなことを言うなんて少しびっくりした。
だけど。
吉田は苦笑する。
「なんだ?」
「ううん。ありがとう。安齋さん。おれ、決めたから」
安齋が背中を押してくれるそれだけで決められる。
自分は。
本庁に戻る。
吉田は、心に決めた。
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