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02 雨夜6
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第一練習室から始まり、全ての練習室の戸締りを確認してから事務室に戻る。
点検の間も関口にからかわれたことが頭の中をぐるぐるする。
よほど、嫌な出来事だったらしい。
「年下にからかわれた……。年下にからかわれた……」
蒼はぶつぶつと呟く。
呆然としてしまっていた。
「む、むかつく……。何だよ。からかって。年下、年下だよね?留学って、何だよ!生意気!」
そこは、関係ない話だが。
鼻に付く。
スカした感じな彼を思い出すだけで、また頭にくる。
最初は、なにが起こったのか分からなくて、ただ呆然と、彼の言葉を聞いていたけど、よくよく考えるとイラっとした。
練習室を回っている間に、冷静になってくると怒りが生まれる。
蒼にだって、プライドっていうものはあるのだ。
からかわれたことくらい分かる。
そんなに馬鹿じゃない……と思う。
「氏家さん、戸締り終わりました!」
むかむかして乱暴に戸を開けると、誰もいなかった。
確かに出掛けるときにはいたのに……。
遅番の相方、氏家の姿を探してあたりを見渡す。
すると、そこにはメモが置いてあった。
『蒼へ。今日は孫の誕生日だった。
すっかり忘れていた。急に電話が来て早く帰って来いと怒られたので先帰る。
明日の昼食おごるから勘弁してくれな。
後は頼む。氏家』
「なんだ……。後は帰るだけだからいいけど」
誰もいない事務室は寂しく感じられた。
残業や遅番と言っても、一人で残ることは稀なのだ。
初めてかもしれない。
ここに一人でいるのは。
朝は、いつも蒼が一番に出勤するが、夜とはまた雰囲気が違う。
なんだかツイていない気がした。
気分が滅入っているからか。
パソコンの電源を落とし、荷物を抱える。
周囲を確認し、消灯をしてから玄関に向かった。
そして、外に出て唖然とした。
ツイていない日は本当にツイていないのだ。
外に出たら天気は大降りの雨だった。
関口のことでイライラしていたせいで、雨音にも気づかなかったらしかった。
事務室は夜になるとブラインドをかけてしまうし。
雨が降っているってことに全く気づいていなかったのだ。
「どうしよう。雨……。傘ないしなあ」
今日は雨の天気予報だったろうか?
忙しくて天気なんて気にもしていなかったのが、まずかった。
ここのところ、雨の日が続いているのに。
傘を持たずに出てきたのは不覚だ。
真っ暗な空を見上げても何も変わらない。
暗黒の空から雨が落ちてくるばかりだ。
仕方ない。
いつまでも雨宿りをしているわけにもいけないし。
蒼だって男だ。
自転車で飛ばして帰ろう。
だけど大切なスーツが……。
覚悟が決まらない。
まだまだ若造の蒼に取ったら、スーツは貴重なのだ。
枚数だってあるわけではないし。
こんな時、車があればいいのに……と思う。
別にお金が無いわけではないのだが。
自転車の生活も好きだし。
おっちょこちょいだから、事故なんか起こしそうで恐い。
それに、そんなに遠出もしない。
通勤も20分程度、駅までも30分くらいで着く。
特に自転車でも、不便は無い。
なにせ、趣味もなにも無い男だ。
蒼の外出といったら、仕事へ行くか、買い物にいくかしかない。
星野に言わせると「つまらない毎日だな」。
だがしかし、彼にとっては平和で安らぎの日々だった。
独身。
引きこもり性格。
小さな幸せで満足している男である。
だから、こういう小さなことも大問題なのだ。
スケールの大きな男だったら、こんな雨くらい、なんともないのかも知れないけど。
ちまちま生活している彼には大問題なのである。
しかし、ここで悩んでいても何も解決しない。
答えは出ている。
帰るしかないという事。
「ええい!行こう!」
蒼は、思い切り足を踏み出した。
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