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08 安寧のとき8
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「音楽学校は東京だ」
「え?関口って梅沢にいたんじゃないの?」
「父親の実家がこっちなんだ。あの人たちは自宅に寄り付かない人でね。あちこち飛び回っている人だから。東京とこっちと二つ家があったんだ。おれは小さい頃からこっちにいることが多かったからね。そのときに星音堂に遊びに通っていたんだ」
そうか。
だから、みんなと馴染み。
蒼は初めて理解した。
しかし。
飛び回っている家族って。
関口の両親は、どんな人なのだろうか。
「すごい家族だね」
「大したことはないが。おれは、梅沢が好きでね。東京に住むように言われても、こっちにいたかった」
「そんなに?おれ梅沢出身だからそんなにいいとは思わないけどな」
「梅沢の人たちは暖かい。おれは好きだ」
「そうかな……。なんかテレくさいけど。でも、家があるなら、そこに住めば良かったじゃん」
はったとして関口を見る。
彼は、少し寂しそうに首を横に振った。
「どうしても、あっちで進学することになったからな。学校が東京になって、誰もこっちに住まなくなってしまって。家は、処分してしまったんだ。もうない」
「そう、なんだ」
なんだかお金持ちの話だと思う。
家が二つ?
好きなところに住めるなんてすごい。
「すごいんだね」
「そうかなあ。普通だと思うけど」
全然、普通じゃない。
「そんなことない」
関口の価値観には、ときどき疑問を持つ。
蒼の違和感なんて知る由もない彼は、蒼を見る。
「蒼は?」
「へ?」
「蒼はどう生きてきたの?」
「おれは……。梅沢で生まれて。それで星音堂の近くの梅沢高校を出てから隣の県の大学に行って。そんでここにある。それだけ」
「それだけ?」
「それだけ!」
関口のそれに比べたら、なんてことない人生だ。
なんだか話すのも恥ずかしくなってしまう。
しかし、関口は興味深そうに聞き入っていた。
「そうだったんだ。ってか、こんな話をするのは初めてだな」
蒼もはっとして、おかしくなってしまう。
「本当だ。一緒にいるのに、おれは関口のことを何も知らない」
「おれだってそうだ。蒼のことは何も知らない」
蒼は、天井に視線を送ってからにっこりと笑って関口を見る。
「おれね。コンクールは絶対に聴きに行くね。まだ先だけど、週末だよね。コンクール。休みじゃなかったら有休にしちゃうんだから」
「蒼……」
「関口のヴァイオリン聴いたことないしね」
微笑んでいる彼を見ていると本当に安心する。
そっか。
蒼が来てくれるのか。
なんだかほっとした。
嬉しい。
だけど、素直になれないのが関口の性格。
「暇なんだね。蒼」
「むッ!なんだよ。せっかく応援に行ってあげようって言ってんのにさ!」
「蒼って単純だよね」
「何っ!?」
せっかく関口のことを考えているのに。
蒼は、ぷんっと顔を背けてしまう。
彼の横顔を見ていると、関口は自然に笑顔になってしまった。
蒼に逢えて良かったと思う。
彼に逢えて。
自分は、安らぎをもらった。
そして勇気も。
一人じゃない。
支えてくれる彼。
いてくれるだけでいいいのだ。
蒼に逢えて良かった。
心の底からそう思えた。
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