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13 王子様6
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あれから1ヶ月。
ヴァイオリンを持つことをやめてしまった。
父親も母親も、すごく心配していたけど、あの男との会話を話す気にはなれなかった。
答えなんて見付からなかった。
男の言っている意味が分からないのだ。
どんな答えを出したらいいのか?
自分は機械なのか?
上手く弾ければいいと思っていたのに。
学校が終わって友達と遊ぼうと思っても、もう仲間に入れてもらえることはなかった。
自分から音楽をとってしまったら、なにも残らなかったのだ。
教室で楽しそうに遊んでいる同級生たちを見て、初めて羨ましいと思った。
自分もああして何も考えないで遊んでいられたらいいのに。
楽しみもなにも、ない生活になってしまった。
ランドセルを背負ったまま、とぼとぼと歩く。
自宅に帰ってもやることもない。
時間を稼ぐようにあちらこちら、寄り道をしていた。
あの日もそうだった。
いつものように寄り道の途中。
ふと視界に入ったのは星音堂だった。
あの男と出会った場所。
嫌な思い出がいっぱいの場所だ。
本当だったら見るのも嫌だが……。
そよそよと吹いてくる風と、星音堂の林のざわめきに誘われて、関口は足を向けていた。
林に入って深呼吸をする。
もう夏になろうと言う季節。
午後の日差しが木漏れ日になって、さわさわと彼の上に降り注いでいた。
自分はどうしたらいいのだろうか?
本当に辞めてしまうつもりか?
諦められるのか?
自問自答して立ち尽くしていると、物音が響いた。
「誰だ?」
ビックリして顔を上げると、そこには無精ひげを生やした、だらしのない格好の男がいた。
「すみません」
「なんだ。なにしてる。ガキが」
男は煙草をふかしていた。
「いや。あの。ちょっと。ここ気持ちいいなって思って」
「ふうん」
男は関口の隣に来ると笑う。
「ここは森林浴できるし、いいんだよな。それにサボりにはもってこいの場所なんだ」
「サボりって……。いいんですか?」
「いいの、いいの。どうせ暇なんだし」
彼は豪快に笑った。
「それに。せっかくこの場所とめぐり合ったんだ。満喫しねーとな」
「満喫……」
「そうそう。一期一会ってね」
「いちご?」
「出会いってーのは大切にしねーとな。めぐり合えたのが幸運なんだ」
「……めぐり合えたのが幸運?」
「そうそう。どんなに欲しがったって出会えねもんには、出会えねーんだ。世の中にはいろんな縁があるけどよ、出会えたってーだけで奇跡だぜ」
奇跡。
出会い?
あの男との出会いもそうなのだろうか?
そして、この場所とも?
「おれはここが好きなんだ。お前もなんだろう?」
ふ~っと煙を吐いて男は関口を見た。
「おれは……好きだった。だけど、今は嫌いで」
本当に嫌いなんだろうか?
嘘だ。
本当はこんなに落ち着いていられるではないか?
「好きも嫌いも紙一重だからな」
「……」
「ま、たまには遊びに来たら?お前、音楽やってるんだろう?」
「!」
どうして知っているのだろう?
関口は顔を上げる。
「おれに知らないことはないってね。じゃあな」
男は手を振って姿を消した。
出会えたことが奇跡。
自分が音楽と出会ったことも然りなのだろうか?
まだ辞めたくない。
自分は。
あの男への答えは見つからないけど、それでもヴァイオリンを捨てることは出来そうになかった。
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