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13 王子様9
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「ごめん……。こんなこと。失礼だよね。音楽なんて、なにも知らないおれが生意気に……」
「ううん」
そっか。
「ごめん。関口。でもなんだか悲しくなっちゃって」
蒼は。
自分の気持ちを分かっている。
分かってくれたのだ。
そして。
泣いてくれるのだ。
自分のために。
「でも、なんだか最後は、とっても気持ちが安らいだよ」
「嬉しいよ。感じ入ってくれる人がいるって……」
彼は目の前で泣いている蒼を抱き締めた。
見てられないよ、とばかりに桃は肩を竦める。
「ありがとうな。蒼」
「おれは、別に……」
おろおろして、ハンカチでぐじゅぐじゅになった目元を拭っている蒼。
苦笑してしまう。
助けられてばかりだ。
笑顔で彼を見つめていると、ふと足音が聞こえた。
顔を上げる。
そこには男がいた。
あの時と変らない。
死神みたいな男。
「久しぶりだね。圭くん」
彼は年こそとったものの、あの時と変わりないいでたちだった。
白いシャツに黒いスーツ。
真っ黒い髪は少し白髪が混ざっていた。
「川越先生……?」
桃はびっくりして顔を上げる。
川越聖一。
日本では五本の指にはいるピアニストだ。
桃にとったら憧れの存在だろう。
しかし、関口にとったら乗り越えなくてはいけない人。
あの時の不安が胸によみがえる。
思わず蒼の腕を掴む手に力を入れた。
その様子に蒼は関口を見上げる。
なにかあると直感したのだろう。
「いやあ、こんなに大きくなっているからビックリしたよ。何度もプロフィールを見てしまった」
苦笑している川越は人当たりのよさそうな男だと蒼は思った。
しかし、相変わらず関口の表情は硬い。
「先生……」
「そんなに恐い顔しなくてもいいだろう?ますますお父さんに似てきたね」
「なにが言いたいんですか?おれと父は関係ないんです。一緒にするのはやめてください」
関口の返答に彼は満足しているのか?
満面の笑みを浮かべた。
「あの時の答えは出たようだね」
「……いえ。まだよく分かりません。ただ、自分は、自分の好きな音楽を作りたいだけなんです」
「ほう」
川越は瞳を細めて関口を見る。
「まだまだ荒削りだがね。キミには期待しているよ」
彼はそう言い残し立ち去ろうとする。
関口は慌てていた。
「待ってください」
「なにかな?」
「あの時のこと。今でも考えています。あの時よりは音楽を楽しめるけど、でも。先生の言っていたスキルだけを追求した機械でなくなったのかどうか疑問です。おれは、本当にこのままでいいのか……」
彼は少し驚いたような顔をしていたけど、すぐに笑顔になる。
そして蒼を見た。
「?」
「その答えはそこにいる子が知っているんじゃないのかな?」
「へ?」
「蒼が?」
蒼は瞬きをして川越を見る。
「キミの音楽はしっかりその子に届いているじゃないか」
「……」
「上手く弾くだけのヴァイオリニスト人形なら、彼を泣かせるようなことはしないんじゃないのかな?」
含み笑いをして廊下に消えていく川越。
あの時と同じだ。
光に吸い込まれるように立ち去る彼。
ぼんやりとそれを見送り、関口は黙り込んだ。
一人でいい。
たくさん客がいたとしても。
一人だけでいいからら自分の思いを感じてくれる人がいたら幸せなことだ。
そして、それは蒼だった。
自分は音楽をやれる。
まだ大丈夫だ。
そう確信できた。
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