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16 待たなくていい6
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演奏会は順調に終了した。
テンポの揺れは、危惧されていたほどのものではなかった。
貝塚もほっとしただろう。
コンサートマスターとしての責任があるだろうから。
演奏会終了後は早々に帰宅する。
今までは、車で行き来することが多かったが、最近はめっきり新幹線頼みだ。
定期にしてしまえば幾分格安だし。
それに時間が短縮できてありがたいのだ。
高速代やガソリン代、運転するという労力を考えると新幹線のほうがいい。
駅から車でアパートに着いたのは19時を回ったところだった。
室内は真っ暗。
蒼は飲み会に行ってしまった後だった。
「やっぱり間に合わなかったなあ……」
今頃どこにいるのだろうか?
一人でぽつんとしていると寂しい。
蒼に聞いてみようか?
あの時の答え。
自分の気持ちをもう一度伝えて、彼の気持ちを教えてもらおうか?
宮内に話をしてすっきりしたのか?
そうしよう。
そうすることにした。
蒼が帰ってきたら。
聞いてみよう。
蒼の気持ち。
そんなことを考えていたのに。
いつのまにか、うとうとしていたらしい。
遠くで携帯が鳴っている。
もう少し寝かせてくれ。
今日は、演奏会で疲れた。
ちゃんと朝になったら起きるから……。
もぞもぞと寝返りを打ってはみるものの、携帯は鳴り止まない。
「……」
しぶしぶ、ふとんから手を伸ばして携帯を取る。
眼鏡も見付からず、目がしょぼしょぼした。
「あ~……。はいはい……」
『もしもし!?関口か?』
相手は大きな声だ。
焦っているようにも感じられた。
「ん……?ん?星野さん……?」
『当りだ。寝ていた割には上等だな』
「は……?ええ。寝てました」
『悪いな。こんな時間に』
「こんな……?何時なんです?」
『2時だ。悪いけどさあ。荷物を取りに来てくれるか?』
「は?」
関口のぼんやりしていた頭が動き出す。
『早くな。駅前のたぬきのしっぽの前だ!』
星野の声は、一方的に切れた。
むくっと起き出してしばらくぼんやりする。
荷物ってなんだ?
蒼は飲み会だ。
飲み会?
誰と。
星音堂のメンバーとだ。
荷物って蒼のこと?
思考が回転し始めると苛立ちが生まれた。
「まったく、人使いが荒いんだから……」
文句を言いつつ、着替えをして車に乗り込む。
時計は2時を少し回ったところ。
いつも仕事で抑圧されているせいか、星音堂の飲み会は朝帰りになると蒼が言っていた。
始まってしまうと切りがないのだ。
深夜と言うこともあって道路は空いている。
思ったよりも早めに到着した。
駅前は日曜日という事でぱさっとしている。
普通だったら、明日は皆仕事だ。
ふらふら遊びまわっているのは、月曜日休みの星音堂職員くらいなものだ。
それでなくとも田舎だから、人の出は悪い。
「お、こっちこっち!」
駅前で騒いでいる一団のなかで、星野が手を振っているのが見えた。
彼も酔っているのだろう。
いつもにも増して陽気だ。
「星野さん……」
道路に車を止めて降りていくと水野谷まできゃぴきゃぴしていた。
「関口じゃないか~!」
「お~!一緒に飲んでけよ!」
「お前ちゃんとしろよ~!」
吉田も高田も氏家も尾形も、みんなべろべろだ。
「あの……」
対処に困っていると、星野が蒼を押し付けた。
「ほれ。こいつ。よろしくね」
「えっ!」
関口は、唖然とした。
蒼は、へなへな~と踊っている。
「にゃははは~!関口ちゃん!」
「ちゃん……って……!」
「こいつだ!この騒ぎの元凶は、こいつなんだ!さっさと連れて行ってくれ。おれたちは、これからもう一軒行くからな」
星野に突き飛ばされて、蒼は前のめりになる。
「ひゃ~!」
「蒼っ!?」
彼が地面に激突する前に、関口が腕を伸ばしてキャッチする。
彼は嬉しそうに関口の腕を掴んだ。
「◎△×■○☆▽!」
何語なんだか分からない不明な言葉を叫び、彼は笑う。
蒼がこんなに酔っているのは初めてだ。
自宅で飲むときは自制しているのか?
ここまで酷くはない。
幾分、機嫌がよくなることはあるけど。
醜態。
そう呼んでいいのだろうか。
関口は、戸惑いながら蒼を車に押し込める。
「んふふ~♪」
助手席に収まり、鼻歌を歌う蒼。
彼が車に乗ったことを確認して星音堂メンバーは手を上げる。
「じゃあよろしく~!関口ちゃん!」
「よ~し!三次会だ!」
「課長のおごりなんて、悪いっすよ!」
えへへ~と笑う吉田を水野谷がたしなめる。
「誰がおごるって言ったんだ!」
「関口ちゃん~」
関口の服を引っ張る尾形は、星野に引きづられて連行されていった。
「じゃ。そっちをよろしく」
助手席に座らせた蒼も窓を開けて、大きな声で手を振る。
「さよ~なら~っ!みなっさんっ!」
「蒼!」
注目の的だ。
周囲にいた他の酔っ払いたちも、蒼を見て苦笑している。
関口は慌てて彼を車に押し戻し、車を発進させた。
「おいおい。しっかりしてくれよ~……」
とほほである。
今日は、蒼にあの時の回答を求めようと思っていたのに。
それどころではなさそうだ。
運転中も蒼はうるさい。
危なくて仕方がない。
運転をしている関口に、ちょっかいを出してくるのだ。
悪戦苦闘とはこういう状況を表現するのに適切な言葉だと思う。
まさに、悪戦苦闘状態で関口は、アパートに到着した。
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