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28 新星現る8
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「こちらこそ。勉強させていただきます」
さっきまでの文句を言っていた表情とはまったく別な顔になっている加賀。
これは、プロの顔だと宮内は思う。
自分や関口には、まだここまでの顔は出来ない。
顔が出来ないからプロになれないのか?
それとも、経験がなさすぎて、こうした顔になれないのか……。
今の自分には、わからないことだ。
じっと圭一郎と加賀を見つめていると、ふと視線が合った。
その瞬間。
少し、空気が和らいだ気がした。
圭一郎もまた、今回の公演を成功させなければならないので緊張しているのだろう。
見知った顔にほっとしたらしい。
「宮内君」
「こんにちは」
「君がこの楽団に入っていたとは初耳だよ。そういえば、この前ショルと共演したんだってね。ショルと君は同じ年頃だ。仲良くしてやってくれ」
「あ!はい……」
圭一郎と知り合いと言う立場は、この音楽業界では優位なことである。
周囲の楽団員たちは、羨望の眼差しで宮内を見ている。
なんだか恥ずかしくなってしまった。
側まで寄ってきた圭一郎はそっと耳打ちをする。
「圭とは、最近逢っているかい?」
「はい。この前食事をしました」
「そうか。圭のところに行ってくれたんだね」
「ええ」
ふと顔を離して彼は笑う。
「もしかして蒼に逢いに?」
「へ!?」
図星でビックリだ。
瞬きをすると彼は、愉快そうに笑っていた。
「仲良くしてやってね」
二人が話していると、今回の主役のショルティがステージに上がってきた。
『関口!始めていい?』
『どうぞ』
圭一郎は苦笑してステージから下がる。
『みなさん、こんにちは!』
ショルは颯爽と歩いてくる。
上機嫌のようだ。
『本日はおれのために、わざわざ協力をいただき感謝します。今日はよろしく!おれにとって初めての演奏会です。皆さんの協力があってこそ成功が望めます』
深々と頭を下げるショル。
なんだかこの前とは感じが違うなと、宮内は思った。
『それでは、さっそく練習を始めよう』
彼は笑顔を見せてからオーボエに指示を出す。
チューニングだ。
独特の響きに蒼は息を呑む。
彼は薄暗い客席の一つに座っていた。
帯が邪魔で少し窮屈だけど、すっかりステージに魅入ってしまう。
ステージの上のショルティは輝いて見えた。
太陽みたいだった。
「関口……」
そこにあるのはショルティだが、蒼の目には彼が関口に見える。
コンクールの時の関口。
輝いていた。
いつも自分の側にいてくれる彼とは、別人に見えた。
関口の演奏を聞きたい。
一緒にいるのに、彼の演奏を耳にしたのは数回だ。
なんだか関口が恋しく思われて胸が苦しく感じた。
「早く帰りたいな……」
ぼそっと呟く。
チューニングが終わり、ショルの指示で演奏が始まる。
ステージから降りてきた圭一郎は蒼の隣に座りにこやかにした。
「すまないね。蒼」
「いえ……」
「圭のところになるべく早く返すからね」
蒼の不安を感じ取ったのか。
圭一郎の言葉に彼は頷いた。
「すみません」
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