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35 踊っとけ4
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「いつもいつもしけた音だすけど、今日のはまた最悪だな~、おい」
もうこのオヤジの言葉には慣れた。
関口はヴァイオリンを弾く手を休める。
「おいおい、大丈夫か?」
こんな酔っ払いに心配されるなんて。
自分も落ちたものだ。
「桜、こいつに1杯ちょうだい」
オヤジは関口を座らせて、自分も隣に座った。
「どうしたんだよ?」
「別に」
「女にでも振られたか~?」
冗談めいて笑うオヤジだが、関口の表情に閉口してしまう。
「なんだよ。図星かよ」
オヤジはちぇっと舌打ちをする。
「難しいです」
関口は、桜の出してくれたビールを飲む。
「そりゃそうだろうが。いくら好き同士って言ったって、所詮は他人だ。なにからなにまで旨くいくとは限らないだろうが」
「そうですけどね。気難しいんです。あいつ」
「へ~。おれには、兄ちゃんのほうが気難しそうに見えるけどね」
「は?」
関口は瞳を瞬かせる。
「な、」
「だってよ。そうだろ?ここまで入り浸っているっていうのに。まったく馴染もうとしないじゃねーか」
「そんなことは」
「あのね~。物事には柔軟性っていうのが必要なわけ。お前が気付くまで言うつもりはなかったけどな。見ちゃいられないから言うぞ」
このオヤジ。
関口のことを見守っていたらしい。
「人間は、とがってばっかりいたって何も始まらないわけ。とがった奴と、とがった奴が近づこうとしたって、お互いを傷つけるだけだ。だったら、まずは自分が丸くなれってーの。自分が傷ついたって、相手を受け止めるくらいの人間じゃないと、人とはうまくやっていくことは難しいな」
オヤジはビールに視線を落としながら話す。
関口も釣られて、自分の目の前においてあるビールを眺めた。
なんだか、そこに移っている自分の顔を情けなく見えた。
「それ繰り返すうちにさ、相手も気付くんだな。これが。自分ばっかりとがっていて、相手を傷つけているってことに。そうすると、どうだい。二人とも丸くなれば、自ずと二人は寄り添って距離は縮まるってことさ」
「ふうん」
「ふうんじゃねーよ」
関口の反応にオヤジは呆れる。
「お前、真剣に話してやってんだから、ちったぁ聞けよ!」
「聞いていますって」
自分は蒼を守ろうと思った。
だけど、蒼の全てを受け入れようとしていただろうか?
ただ守るだけじゃ駄目なのだと思う。
今の自分は、自分のことでいっぱいいっぱいだけど。
それでも蒼の分まで、背負い込む覚悟が出来てなかったのだと思う。
確かに今は自分のことで精一杯で、蒼を気遣ってあげることが出来ていない。
一度ならずとも何度も。
蒼と出逢ってから、彼を守りたい、大切にしたい、辛い思いはさせないって心に決めてきたのに。
最後の踏ん切りが付いていなかったのだろう。
だから蒼にも迷惑掛け通しだ。
寂しい思いもたくさんさせているのだと思う。
今考えると、昨日の夜、蒼が様子おかしかったのは自分のせいでもあるのだと思えるのだ。
自分は蒼のこと考えていた?
最近は全然、彼のこと見ているようで見ていなかったのじゃないか?
蒼は、ああ見えて寂しがりやだから。
結構、そういうことには敏感だ。
きちんと向いていて上げないと。
昨晩、蒼はどんな顔をしていたっけ?
思い出せない。
思い出せないってことは、見ていないってことだ。
「人を愛することって難しいですね」
思わず本音が出る。
しかし、オヤジはうっすら笑って関口の頭をぽんぽんと叩いた。
「へ?」
「お前も少しは成長したってことだろう?いいことだと思うぜ。おれは」
「オヤジ……」
そういえばこの人の名前知らなかった。
「オヤジじゃね~!こう見えても40代だ!」
関口からしたら、十分オヤジである。
「あの。名前。おれ、毎日、顔合わせているのに知らなかったです」
「そうだっけ?そういや、おれも兄ちゃんの名前知らなかったっけ」
「あ、おれは関口です」
関口の自己紹介にオヤジは笑う。
「おれは乃木だ。ただの酒好き中年ってとこかな?」
思わず苦笑していると、乃木は関口の背中を叩く。
「おっしゃ!景気づけに楽しい曲を弾いてくれ!」
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