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星音堂の文化祭はじわじわと近づいていた。
市民合唱団の練習室にも焦りが見られていたのは確かだ。
「先生が来なくなって結構、経つんじゃないのか?」
団員の1人がぼそっと呟く。
「だからって、どうしようもないじゃないか」
団員たちの苛立ちは、よく分かる。
黒田は楽譜から視線を上げて、みんなを見た。
何時の間にか人数も少ない。
顧問の横川が来なくなってから、団員も心なしか足が遠のいていた。
「あのさ。もう一度、きちんと話合いをしたいんです」
「団長?」
「横川先生との交渉は、おれが任せてもらってやっているけど……やっぱりこのままじゃ平行線なんだよ。自分たちのポリシーを捻じ曲げようとは言わないけど、ある程度の妥協も必要なんじゃないかとは思っている」
彼の言葉に団員たちは、黙って聞き入っている。
「だけど、そんなことは、おれ一人では決められないことだし。もし、みんなが横川先生に指揮を続けてもらいたいっていうなら、もう一度話し合う機会を持ってもらいたい」
一同は静まり返る。
もう限界だろう。
目の前に星音堂の文化祭も控えているし。
答えを出さなければならない時期なのだ。
「団長はどう?」
アルトのパートリーダーの鈴木が声を上げた。
「団長は先生でいきたい?」
「鈴木さん」
自分は。
「そうだな。先生は頑固だし、融通が利かない。新しいものを取り入れたりするのは苦手だし。流行とかなにもない人だから。続けてもらってもこれから何度もぶつかることになるとは思う」
思うけど。
だけど。
「だけど、おれはあの人の作る世界が好きなんだ」
黒田の言葉に鈴木も頷いた。
「あたしもそう。今回は確かに突拍子もなく、自分たちの意見だけを押し通そうとしてしまったから反省しているわ」
「そうだな」
ベースのパートリーダーの金川も同意した。
「確かに。おれたちは、先生がまるっきり嫌いとかそういうのではないんだ。ただ、今回は、おれたちの意見も聞いてもらいたいと思っただけだろう?おれたちだって、この市民合唱の一員なんだから。自分たちのやりたいことを取り入れてもらってもいいじゃないか」
「そうだな」
そうなのだ。
今回の事件は自分たちにも非はある。
全てを押し通そうとしたからこんなことになってしまったけど。
お互いが妥協できるはずなのだ。
「じゃあ、おれたちは先生の出している条件のどの部分を飲む?」
黒田の問いにソプラノパートリーダーの島内は「そうね」とつぶやく。
「やっぱりポピュラー曲じゃない?あたしも最近考え直したんだけど。やっぱり、あたしたちの演奏会に来てくれるのは、ここの市民の皆様なわけじゃない。あたしたちの自己満足の曲ばかりではなく、お客様のニーズに即した選曲っていうのも必要よね」
「おれも同感だ」
テナーパートリーダーの阿部も同意した。
「了解!」
話はまとまる。
これで交渉するしかない。
善は急げだ。
黒田は大して団員も集まっていないので、この後の練習はパートリーダーたちに任せて練習室を後にした。
みんなの意見がまとまったのだ。
うまくいく。
横川だって分かってくれるはずだ。
黒田は外に出て、急いで横川の自宅を目指した。
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