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50.ATTO SECOND3
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「春を待つ心か」
長い冬。
子どもは雪が好きと言う。
だけど、春のほうがもっと好き。
早く春にならないかな?
いつもそう思っているのだ。
暗いピアノの旋律は冬を思う心。
明るいヴァイオリンパートは春を待つ心。
「そうか」
だから矛盾しているのか?
「蒼……」
ふと唇から洩れ出た言葉。
愛しい人の名前。
関口はその場に立ち尽くし、じっと暗くなった空を見つめる。
自分の人生は明るい時期ばかりではなかった。
子どもの頃は両親のようになりたくて、華やかな世界を駆けていた。
しかし、川越と言う男に出会い、それはいっぺんした。
あれからだったろうか?
関口の人生の冬は。
音楽が分からなくなった。
星音堂の人たちに支えられて、なんとか頑張ってきた。
だけど、東京の高校に入ってからも「関口圭一郎の息子」と言うレッテルは付きまとった。
川越にラベリングされてから、ずっと心のどこかで引っかかっていた呼び名。
星音堂はそんなのも忘れさせてくれる素敵な場所だったけど、高校は違った。
教師も同級生も。
みんな「関口圭一郎の息子」と言う存在として彼を見ていたのだ。
なんとか音楽は続けてきたけど、才能は伸びず、成績もお粗末なものだった。
それが嫌で逃げ出した留学。
だけど、余計にみじめな気持ちにさせられるばっかりだった。
コンクールにも挑戦できない腰抜けヴァイオリニスト。
どうせ二世だろう。
親の七光りだ。
そう言われ続けていた。
なにもかも自信がなくなって、大学院を卒業。
行く当てもなくふらふらしているところを柴田に拾ってもらった。
そして出会ったのが。
蒼。
「蒼」
キミに出逢ってからのおれは変った。
暖かい光に包まれて安心した。
「そうかッ!」
はっと思いついたら早い。
関口は慌ててミハエルの家に戻り階段を駆け上がる。
『圭!?夕食は!?』
階下からミハエルの声が響く。
『後で食べる!!』
それだけ言い残し、彼は部屋に入っていた。
鍋を抱えていたミハエルはぽかんとしている。
『お腹空いた!あたしたちは夕食にしましょう』
ソファからむっくり起き上がり、桜は背伸びをする。
『桜。圭、大丈夫かな?血相を変えていたけど……』
『……いいものが見付かったんでしょう?一食くらい抜いたって死にやしないよ。放っておいてあげて』
彼は困惑した表情をしていたが、桜に促されてキッチンに戻った。
何時?
もう身体は動かない。
ベッドに横たわり、白い天井を見上げた。
「出来た……。おれの春」
掴んでいた弓を床に置き、そして瞳を閉じる。
これでいく。
自分なりにしっくり行く春が出来上がった。
そう確信した途端、睡魔に襲われた。
彼は深い眠りの淵に落ちていった。
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