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64.日々勉強2
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引越しをして1週間が経った。
なんだかイマイチ馴染めない蒼は自宅にいても疲れるので残業をすることが多かった。
「今日もせいが出るな」
水野谷にそう褒められても、なんだか嬉しくないのは気持ちが重いせいだろうか?
けだもや圭はすっかり慣れているようで、「快適だ」なんて嬉しそうにしている。
だけど。
「お前は本当に年寄りくさいな」
ふと遅番の星野に声をかけられて顔を上げる。
定時も過ぎているので、水野谷や氏家、高田に尾形は帰宅してしまっている。
残っているのは遅番の吉田と星野だけだ。
「どういう意味ですか?」
「年寄りってーのはな。なかなか環境の変化に適応できないもんだよ。お前も一緒じゃねえか」
そう言われると痛い。
「そんなに辛いなら引越ししなきゃいいじゃん」
コーヒーを持って戻ってきた吉田は茶化す。
「辛いってわけじゃないですよ。ただ……」
「ただなに?」
「別に」
「なんだよ。言いかけて。嫌な子だねえ」
放っておいてもらいたい。
余裕のある悩みだとからかわれても軽く受け流せる。
だけど、切羽詰って考え込んでいるときに星野たちにからかわれると、余計にしょんぼりしてしまうのだ。
「は~……」
「そんなに前のアパートが恋しいの?」
「そういうわけでは。ただ、狭い空間での生活が長かったので、広くなったら落ち着かなくて。夜も眠れないって言うか」
星野は瞬きする。
「お前の実家はもっと広いじゃん。あんな広いとこで生まれ育ったのに。馴染めない訳?」
生まれてはいない。
だけど、面倒だから訂正はしない。
「慣れなんですよ。慣れるまで時間が掛かるんです」
蒼は資料を閉じ、そしてため息を吐く。
「昔から適応能力って言うのに乏しいみたいで。頑固なんです。おれ」
「確かに。蒼は結構頑固だよねえ」
「そうなんですよねえ。実家から大学に行くのに家を出たときも、結局馴染むのに1年くらいかかっちゃって。それに、こっちに戻ってきてから、あのアパートに入ってからも馴染むのに1年くらいはかかったし」
「1年って相当じゃねえ!?」
星野はビックリする。
「だって。なんだかしっくり来なくて」
「どうやったら慣れるの?」
吉田の問いに詰まる。
どうやったらって。
「関口もいるんだ。なにも問題はないじゃないか」
「星野さん。それはそうなんですけど……ね」
そうなんだけど。
圭は忙しい。
毎日、あっちこっちに出かけていて、一緒にいる時間は少ない。
下手すると泊まりになることも多くなっている。
なんで広いところに引っ越したのか。
蒼には理解できない事態になっているのだ。
「せっかく引っ越しても、圭は帰ってこないし。おれ一人だったら前の広さのほうがいいんです。なんだか広すぎて落ち着かないし」
しょんぼりだ。
しかし、星野は笑う。
「なんだ。結局は寂しくて拗ねているだけかよ?」
「星野さん、そんなはっきり言わないでくださいよ」
「だってそうだろう?」
図星だ。
なにも言えない。
「でも蒼の気持ちも分かりますよ」
吉田は頷く。
「吉田さん」
「だって。おれもそうですよ。狭いアパートからマンションに居候して。なんだか一人だと落ち着かないです。アパートに帰りたくなっちゃう」
「じゃあ帰れ」
「星野さん!」
ひどい。
吉田と蒼はぶうぶう文句を言う。
しかし、星野は冷たい。
「あのなあ。そういう相手を選んだお前たちが悪いの。腹くくって一緒にいるって決めたんだろう?ずっと一緒にいるのが恋人かよ?離れていてもお互いを思いやれる。それが恋人って言うもんじゃねえか」
「星野さん」
「そ、それは……そうですけど」
「一緒に住めるんだ。マシだろう?」
ぼそっと最後に付け加えられた言葉は彼の本音だろう。
自分たちのぼやきは幸せ者のぼやきだ。
星野の場合、油井と一緒に住むなんて数年不可能だ。
彼はまだ高校生で実家にいるし。
来年は大学生だ。
ここを飛び出していく人なのだ。
「すみません。星野さん」
蒼はしょんぼり星野を見る。
「さっさと仕事して帰れ。けだもが待っているだろう?」
本当だ。
時計を見るといい時間だ。
けだも、おなかすかせているだろう。
圭もいないし。
自分が早く帰ってあげないと。
黙って仕事に戻る三人。
なんだか気まずい雰囲気だった。
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