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65.親の心子知らず。子の心親知らず。3
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「やっぱり」
「え?」
「やっぱりあんたは最高の指揮者だと思ったよ」
圭の言葉。
圭一郎には一瞬、なんのことなのか分からない。
しかし、意味を悟って嬉しくなる。
「ありがとう。お前にそう言ってもらえるなんて思ってもみなかったよ」
「本当はあんまり言いたくない台詞だな」
「なにを言う。素直になりなさい。親子じゃないか」
だけど、自分で言って笑ってしまう台詞だ。
素直じゃないのは自分か。
圭一郎は息子に向き直ってまっすぐに彼を見る。
「素直じゃないのはおれだな」
「なんだよ?」
「おれはお前が早く、この場所まで上ってきてくれないかと期待していた。だけど、それは親のエゴで。お前がどうしたいのかちっとも分かってやろうともしなかった」
「期待?あんたが?おれに?」
「そうだよ」
意外そうにしている圭の肩をぽんぽんと叩く。
「こういうことを口にするのはどうなのかと思っていた。だけど、たまには自分の思っていることも素直に伝えないといけないって小林くんに教えてもらったからね」
「……確かにな」
圭にも思い当たることだ。
彼は小さく頷いた。
「たとえ親子でも、あんたの考えていることがおれには分からない。だから、あんたもそうなんだと思う」
「その通りだな。情けないかな。おれは息子のお前がなにを考えて、どうしたいのか分からないんだ」
「あんたには言ってないからな」
「蒼には話しているクセに」
「あんただってそうだろう?母さんには話しているクセに」
お互い様だな、と圭一郎は笑った。
「親バカかも知れないけどおれはお前が一番可愛いと思うよ」
「気持ち悪い」
「そういうな」
誰もいなくなったホール。
いつの間にか圭一郎は椅子に座り、側の機材に圭は寄りかかっている。
まっすぐにステージを見つめて、二人はぼんやりと話し込む。
「おれは。あんたが目標だ」
「え?」
「指揮者じゃないし。おれはヴァイオリンだけど。だけど、あんたのような偉大な音楽家になってみせる。絶対にだ」
「おれのことを偉大な音楽家だと思ってくれていたのか~」
「茶化すなよ。結構本気で話してんだけど?」
「初めて、かも知れないな」
「こんなこと。恥ずかしくて日常的に言えるかよ」
「そうだな。お前はおれの息子だもんな。恥ずかしがりやなところがそっくりだ」
恥ずかしがりや?
思わず聞き返したくなるところだけど、ここは黙っておこう。
そうだ。
似ているのだな。
きっと。
二人は。
「仕方ないよな。血が繋がっているのだから」
「そうだぞ。お前が縁を切りたくともおれたちは親子だからな」
「切りたいなんて言ってないだろう?」
「そうか?」
「そうだって」
一言多いんだよ。
圭は笑う。
誰が切りたいものか。
むしろ、よかったと思っている。
音楽に対する姿勢は真摯。
学ぶべきところが多い。
そんな男が自分の父親なのだ。
こんなラッキーなことはないだろう。
心の底ではそう思っている。
「そうそう、親と認めてくれているのだったら、ちゃんとお父さんと呼びなさい」
あくまでこだわるところはそこ。
笑ってしまう。
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