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68.置いてきぼり5
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演奏会は無事に終了した。
圭だってプロだ。
不信感いっぱいの伴奏者だって合わせてみせる。
控え室に戻ってから気になることばっかりだったので東野と直接話しをしなくてはいけないと思った。
これからも付き合っていく相手だ。
その辺りはきっちりしておかないと。
こんなに苦労するのでは組むことは出来ない。
彼女の控え室をノックすると、彼女は笑顔で顔を出した。
「今日はお世話様」
彼女は大して気にもしていない様子だ。
何事もなかったかのような表情。
圭はため息を吐いて「入っていい?」と訊ねる。
「どうぞ。でもそろそろ出ないとでしょう?」
「そうなんだけどさ」
楽屋に飾られている花束。
それからステージで着用していた黒のドレス。
女性の控え室は華やかなものだ。
「蒼さん、帰って来たの?」
なんて切り出そうか迷っていたのに。
彼女のほうから切り出してきた。
圭はソファに座り首を横に振る。
「帰ってこない」
「……どこに行っちゃったのかしら?実家とか?」
人事だ。
自分が原因ではないのか?
「あのさ。もし違っていたらあれなんだけど。キミと話をしてから蒼がおかしくなったんだよね。なにを話したのか聞かせてもらえないかな?」
じっと彼女を見る。
彼女は鏡の前でお化粧を直しながら笑う。
「大した話じゃないよ?ただ、二人は仲睦まじい恋人みたいだったから長続きする秘訣をお話しただけ」
「長続きの秘訣?」
「そう。だってそうでしょう?長続きするにはお互いの世界を尊重して、お互いの足を引っ張らないようにしなくちゃ」
「どういうことだよ」
「あの子はあの子の世界。圭くんは圭くんの世界。圭くんが音楽家として成長していくのを阻害しないようにってお話しただけ」
圭はむっとしてしまう。
どういう意味だ。
それは。
それに。
「余計なお世話なんだけど」
「そうかなぁ」
「そうだよ」
「ううん。違う」
東野はじっと圭を見る。
「最初だけだよ。そう言い切れるのは」
「東野?」
「圭くんはいいのよ。自由にいけるから。だけど置いてかれる身になったことある?」
いつも笑顔の彼女。
笑顔はない。
なんだか寂しそうだった。
「私は置いていかれたの」
「え?お前だって今一生懸命に世界に出ようとしているんじゃないか」
「ううん。置いていかれたからもがいているだけ。一生懸命についていこうとして頑張っているだけ」
「お前をおいていくなんてどんなヤツなんだか」
しゅんとしている東野。
ため息しか出ない。
はっきりがつんと言ってやろうと思っていた意欲が削がれた。
「それはまあ、言えないけどさ」
彼女は苦笑する。
「お前、もしかして。蒼のことを思ってくれたの?」
「あの人。昔のあたしみたいなんだもん。なんだか可哀相になっちゃって。今だったら間に合うかなって。傷付かなくて済むかなって思ったから。ちょっときついこと言っちゃった。本当はそんなことこれっぽっちも思っていないのに」
悪いことしたな……。
そう彼女は言った。
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