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73.星音堂幽霊事件14
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事務室に戻った職員は水野谷の話に耳を傾けていた。
「彼女は、ここのパイプオルガンを弾きたくて通っていた子なんだ」
「通っていた?」
「関口の仲間か」
「そういう茶々は止めてください」
ソファに座っている圭は、尾形を睨む。
「お前たちは知らないかも知れないけどな。まだ小さくて。小学生低学年くらいだったかな?毎日のように来るから、彼女の母親も困ってしまって。そこで約束したんだ。彼女が20歳のお誕生日を迎えたときに、母親がここを貸し切って彼女にパイプオルガンを弾かせてあげるって」
確かに。
子どもでは身長も足りなくて、ペダルに足も届かないし。
なかなか、あの大きなオルガンを弾きこなすのは難しいかも知れない。
それに、大人まで待たせれば諦めるかも知れない。
そう思ったのだろう。
「だけど、彼女はその夢を叶えることが出来なかった。死んでしまったんだ」
死。
彼女はやはり、幽霊だ。
蒼はじっと水野谷を見る。
「交通事故だった。彼女の死を嘆いた彼女の母親も心労で後を追うように死んでしまった。もう誰も残らなかった。誰も彼女の願いを叶えてあげることは無理だったんだ」
「もしかして、今年は彼女が?」
星野の問いに水野谷は頷く。
「彼女が生きていれば20歳だ。今年は。白い人が出ると言う話を聞いてすぐにぴんと来た。彼女だろうって。きっと戻ってきたのだと」
「水臭いじゃないですか~。課長。そういう理由ならおれたちだってお手伝いしたのに」
吉田は膨れる。
「その気持ちは嬉しいがな。帰れって言っても言うことを聞かないお前たちに協力してもらったってうまくいくはずがないからな」
半分皮肉。
吉田は更に膨れる。
だけど、それは正解だろうと蒼は思う。
こんな話、みんなに話したら大騒ぎだ。
引っ掻き回されて台無しになるのが落ちだ。
蒼は苦笑して、辺りを見渡す。
みんな黙っていた。
珍しいことだ。
なにかといえばうるさくなるはずなのに。
みんな思うところがあるのだろう。
じっと押し黙って、なにかを考えているようだった。
「さて。9時だぞ?帰らないのか?」
水野谷はさっさと立ち上がって鍵を持つ。
「戸締りをしてくるから、ちゃんとまとめておけよ」
「課長はずるいですよ!一人で遅番をやるって言ったんだから、ちゃんとやってくださいよ!」
「そうもいくまい。こうしてみんな揃っているんだからな。ぶうぶう文句ばかり言わないで、たまには上司のおれを楽させようとか言う気にはならないのか?」
尾形の不満を軽く受け流す水野谷はさすがだ。
ソファで寛いでいた圭は思わず笑ってしまう。
「そうそう。今日は関口もいたんだっけな。ほら。お前もお客様気分ではなく手伝っていけ」
彼は笑顔を見せ、そして事務室を出て行く。
「お前もとばっちりだな」
吉田が苦笑すると、圭は首を横に振る。
「いいえ。今日は面白いものを見せてもらいましたし。それに……」
「それに?」
蒼が首を傾げる。
「いや。水野谷課長の度量の大きさって言うか。なんっつーか。幽霊まで着いてくるんだから、やっぱりすごい課長さんなんだなって思って」
圭の言葉に星野も同意する。
「まったく!出来た上司様だよ!」
これはバカにして言ったのではないらしい。
他の職員たちも苦笑して、そして腰を上げる。
「片付けしようぜ」
「出来た上司って言うのはいいけど、上司が出来るには部下の姿勢も必要なんじゃないのか?」
「氏家さん。いいこと言いますね~」
高田は嬉しそうに笑う。
「そうですよ。きっと、おれたちが出来た部下だから、課長はいい上司になってるんだ」
「それも一理ありですかね」
尾形も同意した。
なんだかんだ、ああだこうだ、文句を言っても、結局は水野谷の指示に従っているのだから面白い。
片付けを手伝っている圭を見て、蒼は笑ってしまう。
出来た部下?
そんなことはないだろう。
だって、圭は部下ではないのだから。
立場上、全く関係のない圭だって水野谷の言いつけに従うのだ。
これでも幽霊の女性も信頼するわけだ。
自分はここでよかった。
ここに就職できて、本当によかったと思った。
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