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80.家政夫は見た!6
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目の前のコーヒーを眺めながら、保住はため息を吐いた。
自分はどうしてここにいるのか?
何故、仕事を放り出してまでここにいるのか?
自分でも意味が分からなかった。
しかし、男はお構いなしで、楽しそうに自分を見ている。
どうしてこんなことになっているのだろうか?
『でねえ、その時のコンマスがこんなことを言うんだぜ?「若造の作った音楽なんてアメリカ歴史くらいしかないって」さ。失礼しちゃうと思わない?おれはアメリカの独立精神が好きだ。ヨーロッパに比べたら歴史は浅いかも知れないけど、そういう根性があるのがいいんだ』
身振り手振りを交えて、嬉しそうに話をする男。
朗らかな女性の笑い声。
『キミは人生がばら色に見えるんだろうね』
ふと思ったことを口にしてしまう。
『保住はそうじゃないのか?生きているって素晴らしいじゃないか。生きているからこそ、音楽の素晴らしさも感じられると言うものだ。死んだら終わりだ。ただの物に成り下がるのだからな』
それはそうだな。
『生きていることに感謝して。おれたちは毎日毎日を過ごさなければならいのだ』
最もだ。
ああ、そうか。
そうなんだ。
保住は思う。
生きていることにきちんと向き合っている男。
音楽への真摯な態度。
何事にも熱くなれるその姿勢。
そういう人間に魅かれるのだ。
この男がどんなに世間一般の常識からかけ離れているかは分かっている。
だけど。
そんな頭では考えられないくらい、この男の魅力に取り付かれていたようだ。
無意味な時間であるはずのこれが、すごく有意義に感じられてしまうのはなんなのだろう。
心地いい時間、とでも言うところなのか?
そんな感覚に浸る自分を心のどこかで嘲る。
本当にいいのだろうか?
彼で。
適任なのだろうか?
「とんだことになったな」
そう呟いた瞬間。
静かな店内に騒がしい輩が出現した。
もちろん、蒼と安齋である。
彼らはきょろきょろして、そしてこちらに気が付いたのか、そそくさと寄ってきた。
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