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81.不幸は突然に5
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高塚が自宅に着いたのはそれから数十分後のことだった。
慌てて玄関を開けると、なんだかいい香りがする。
「圭くん?ちょっと?」
どういうことだ?
見ず知らずのサンダル。
どうなっている?
バタバタと上がり込むと、台所からおばあちゃんが顔を出した。
「あら、こんにちは」
「へ?こ、こんにちは。け、圭くんのおばあちゃん?」
瞬きをしていると、背後の居間から圭の声が響く。
「違うよ。近所の梅津さんだ」
「は!圭くん!!問題って……」
居間に視線を向けた高塚は言葉を失う。
圭の腕に巻かれた真っ白な包帯。
「そ、それ……」
「廃品回収のお手伝いしてくれていたんだけどねえ。一升瓶が割れていて、彼、怪我しちゃったのよ。話を聞いたらヴァイオリンを弾く人だって言うじゃないか。これじゃあ大変だものね。せめてお昼ご飯だけでもお手伝いしようと思って……」
梅津おばあちゃんは白い割烹着を着たまま、煮物の入った鍋を見せる。
「ここにおいておくからね。あっためて食べなね。それじゃあ、あたしはこれで」
「梅津さん。ありがとうございました」
「今度、お茶でも飲みにきなね」
彼女はにっこり笑顔を見せ、そのまま帰っていく。
その間、呆然としていた高塚。
はっと我に返って圭のところに駆け寄る。
「ちょ、ちょっと!どういうことよ!明後日なんだよ?本番は。傷は?深いの?見せて!」
高塚の指が彼の左手に触れると、痛みが走る。
圭は顔をしかめた。
「ごめん。痛む?」
「結構ねえ」
「どうする?困ったね」
「本当だ」
圭が一番がっかりしているのだろう。
高塚が責めるわけにも行かない。
「なんだか急に思い立っちゃってさ。なんなんだろうねえ。突然思い立ったことって宜しくないのかも知れない」
「だけど、もう起きちゃったんだから……どうするかを考えないと……」
高塚はおろおろしてしまう。
ヴァイオリン奏者にとったら腕は命だ。
左手はヴァイオリンを支え、弦を押さえる。
かなりの力が加わるのだ。
こんな調子では。
「どうするもなにも、やるしかないだろう」
圭はため息を吐く。
「だって。持てるの?楽器」
「やってみないとわからない」
「でも、触っただけで痛むのに……」
「高塚」
おろおろしている彼をしっかり見据えて圭は続ける。
「おれはプロなんだ。お客さんたちはお金を払っておれたちの演奏を楽しみに来てくれるんだ。穴をあけるわけにはいかないんだ」
「圭くん……」
「蒼には黙っていろよ。うるさいから」
「でも」
「平気だ。ちょっと打ち身だって言っておくから。余計なことは言うな」
「……」
圭はそれだけ言って、さっさと練習室に向かう。
「圭くん?」
「夕方まで練習してみる。高塚はここで仕事でもしてろ」
「ちょ、ちょっと」
重い防音の扉が閉まってしまうと、彼との連絡の術はない。
高塚は大きくため息を吐く。
彼の腕。
手首から肘までぎっちりと包帯が巻かれていた。
結構な怪我に決まっている。
音楽の演奏は真剣勝負なのに。
傷を負うなんて……。
どうしていいのか分からない。
演奏会を延ばすこともかなわないし。
話題の彼が抜けるわけにもいかない。
無力な自分に落胆した。
マネージャーとして一人前になってきたと思っていたのに。
ちっとも役に立たなかった。
がっかりした。
しょんぼりしてソファに座っていると、けだもが膝に上がって丸まった。
慰めてくれているらしい。
「おれじゃなくて圭くんを慰めてあげなよ。けだも」
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