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82.不幸はまだまだ続く3
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帰り道。
お互い、隠し事があるようで、なんとなく気まずい。
星野は隣で運転をしている圭を見つめる。
ハンドルに添えられた右手。
左手は?
「お前。大丈夫なのかよ?」
「そういう星野さんこそ」
「おれはいいんだよ。おれがいなくても、仕事は回るんだから。だけど、お前の場合は、お前がいないと困るんだろう?」
星野には隠し事は出来ない。
「突然、地域の廃品回収手伝いに出ようって思いついちゃって。みんないい人だったから張切ってやったんですよ。そしたら、一升瓶が割れているのがあって……ざっくりと」
「ざっくりとって!なにしてんだか。本番前にそんなことを突然思いつくなよ~」
「そう言われても。突然思いついちゃったんですよ」
圭は苦笑いだ。
「だけど、どうなの?腕」
「う~ん」
そこのところが重要だ。
星野はそっと圭を見る。
彼は渋い顔をした。
「思わしくないですね」
「思わしくない?」
彼は頷く。
「楽器を構えただけでびりびりしますし、演奏しようとすると、激痛です。ある程度弾き続ければ、感覚が麻痺するみたいで、なんとかなるんですけど。その頃には流血の大惨事ですし……」
「本当に思わしくねーな」
「ええ」
星野は心配だ。
現状で苦痛を味わっている圭のことも心配だが……。
「その腕、使い物にならなくなったらどうすんだよ?」
それが心配だ。
「え?」
「今、無理して。神経とか痛めてさ。今後、ヴァイオリン弾けなくなったらどうすんだよ?」
「それは……」
一番恐いこと。
でも。
「でも、そのために、楽しみにしてくれている人たちを落胆させることは出来ないでしょう?」
「関口」
「大丈夫ですよ。もう今日は弾きません。明日の本番にかけます」
軽く息を吐いて、圭はブレーキを踏む。
星野の自宅だ。
「蒼には言わないで下さい。心配かけますから」
「おい。それでいいのかよ?」
「いいんです。それで」
エンジンを止め、外に出ようとした圭を、星野は引っ張って引き戻す。
「星野さん!?」
「かっこつけてんじゃねーぞ。お前」
「え?」
星野は真剣な表情で続ける。
「バカ野郎。それで蒼が喜ぶと思ってんのか?あいつは、お前が大変なときに知らん振りして平然としていられるヤツじゃないんだ。そんなことが後で知れたら。あいつ、どう思う?」
「それは……」
目に見えている。
知らなかったですまないことくらい。
きっと、すごく落ち込むだろう。
「圭が大変だったときに自分はなにも知らなくて……」と。
「おれは油井にちゃんと言うつもりだ。あいつがどうするかはあいつに任せる。だから、お前もちゃんとしろ。分かち合うのは喜びばかりじゃねーんだからな」
星野はそう言うと、顔をしかめて車から降りる。
「あいてててて……」
「星野さん!危ないですよ!」
「うるせえ!大丈夫なんだよ!」
「星野さんこそ。意地っぱりじゃないですか」
圭は苦笑し、彼に手を貸す。
「ちゃんと寝ててくださいよ。安静が一番なんですから」
「お前に言われたくないよ」
悪態をつきつつも、星野は笑っている。
この人は……。
圭も釣られて笑う。
この人には教えられることがたくさんある。
大好きな人だ。
そう思った。
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