アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
89.灰かぶり姫9
-
圭にとったら、ある意味、ステージ復帰への足がかりとなった星音堂文化祭。
ヴァイオリンではないが、ステージに立つと言うことが、彼にとったら優位意義なものになったことは明白であった。
本番は圭一郎のおかげでばっちりの出来だった。
途中、蒼たちがおろおろするような場面があったが、彼がフォローしてくれた。
さすがと言うべきか?
寝る時間よりもステージに立っている時間のほうが長い男だ。
アクシデントもなんのそので、やり遂げることが出来た。
色々責任問題もあるので、一番、ほっとしているのは水野谷だったことだろう。
昨年の評判を聞きつけ、圭一郎の出演も重なって、今年は市長自らが鑑賞に来た。
市役所関係でも、市長に直接会うなんて滅多にないこと。
ステージが始まる前と、後で労いの言葉をかけてくれた市長を見て蒼は感激してしまっていた。
星野がいなくてなによりだ。
彼がいたら「市長ごときでなにミーハーギャルになってんだよ」と突っ込みを入れられていたところだろう。
文化祭を終えた関係者たちは、毎年恒例のことながら打ち上げに流れ込む。
打ち上げの接待までが文化祭。
先発隊が会場入りをしている間、残りの職員は星音堂の片付けをしてから向かうことになっている。
今年の先発隊は氏家、尾形、三浦である。
高田、吉田、蒼は戸締りをして真っ暗になった空を眺めた。
「はー。終わったな。今年も」
高田の言葉に蒼は笑う。
「なんだか、もう高田さんの一年が終わっちゃったみたいじゃないですか」
「それはそうだろう?いくら12月頃忙しいって言っても、こんなもんじゃないじゃないか。ここの一大イベントだからな。文化祭は」
それはそうだ。
これさえ終われば、後は日常業務に少しプラスアルファされる程度の忙しさだ。
もうすっかり冷え込んでいる秋の空を仰ぎ、三人はため息を吐く。
「もう氏家さん。退職しちゃうんですよね」
ぽつんと呟く吉田の言葉。
自分の感情なんか一切入っていない言葉なのに。
ニュアンスだけで同感してしまう。
「寂しくなるな」
高田も呟く。
「今年は三浦が入ってきたから、普通だったら、数年は移動もなんもない落ち着いた年度末になるはずなんだけど。今年は氏家さんが退職ですもんね」
「本当だ」
吉田はしょんぼりしていた。
蒼だってそうだ。
氏家には、ずっとお世話になってきたのだから。
「そういえば、去年。課長も文化祭の当たりに異動の話を匂わせてませんでしたか?」
蒼は思い出す。
「そうだっけ?」
「そうですよ。だけど、文化祭が好評だったから、また頑張るようにって市長からじきじきに言われて……」
吉田は手を鳴らす。
「そうだった!でも、氏家さんもいなくなっちゃうんだし。課長は異動なんてことにはなりませんよね?」
高田を見る。
彼は苦笑していた。
「そうだな。課長補佐と課長が揃って変わるってことはないよな。大丈夫だろう?」
「大丈夫、ですよね」
仲良くしているからこそ。
お別れは辛い。
後、半年弱あるけど、氏家との時間を楽しく過ごしたい。
そんな思いがみんなの胸には渦巻いているようだった。
「まあ、こればっかりは本庁の人事課の神様の一声だからな。おれたち下々の者は黙って待つしかないな」
高田は冗談とも本気とも付かない笑みを浮かべ、歩き出す。
「ほれ、行こう!先発隊に怒られる」
「はい!」
いつも思う。
文化祭が終わった後の寂しさの正体ってなんなのだろう?
やり遂げたと言う達成感よりも。
胸にぽっかり穴が空いたような感覚。
今年もまた、嵐のように過ぎ去った文化祭であった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
687 / 869