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97.マエストロの復活4
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奥川の動きはダッシュに近かった。
大の男の蒼たちがついていくのに一苦労なのだ。
ハイヒールを鳴らし、颯爽と歩く女性の後をのこのこついて歩く星野と蒼は間抜けな感じがした。
「おれたち、貧乏くじだな」
星野のつぶやきにも納得してしまう。
メモを取る暇なんかほとんどない。
殴り書きされた字は自分のものとも思えない。
途中からは、ボイスレコーダーに変更だ。
様子は声の調子から想像するしかない。
レコーダーのスイッチを押したときがなんなのかだけわかるように番号を振ってメモを取ることにした。
「マネージャー。オケのメンバーでフルートが少し遅れるという連絡が入りました」
彼女は、本日のスケジュールを見てため息を吐く。
そろそろマエストロがご到着の時間だ。
「では練習時間の変更を。最初にストリングスだけの第二ステージを先に入れます。それまでには間に合うのでしょうね?」
「たぶん」
「マエストロには最初から第二ステージが一番の日程表を作成して渡すように。煩わしい思いをさせないように。オケにも訂正した日程表を全員分用意して」
蒼の見間違いではないのか?
マエストロが到着するのは、後5分後だ。
その間に全部のことを仕上げるのは至難の業だが。
指示された男性は時計をちらりと確認して「わかりました」と立ち去った。
「おいおい。間に合うのかよ」
星野がぼそっとつぶやいた言葉が奥川の耳に入ったようだ。
彼女は表情一つ変えずに答える。
「私たちの仕事は、出演者たちが、混乱することなく、快適に本番に臨めるように調整する役です。無理という言葉はありません」
「……へいへい」
きっちしている奥川とだらだらした星野とはウマが合わないらしい。
彼女はツンとしていた。
「マエストロがいらっしゃいました」
スタッフの一人が大きな声を上げる。
一瞬、奥川の雰囲気が変わった。
緊張の一瞬なのだろう。
時間通りの到着なんて珍しい。
有田の努力のたまものだ。
蒼たちは逆になんとなくほっとする。
圭一郎の存在は、人の気持ちを和やかにするものである。
星音堂の面々は、圭一郎とかかわる機会が多いので、重々承知していることだ。
だが、奥川としては、初めての邂逅なのかもしれない。
この世界では大物である。
緊張するのも無理あるまい。
スタッフの声からしばらくして、にぎやかな声が響く。
「みんな、元気かー!?よろしく、よろしく頼む」
圭一郎は依然、元気だ。
彼は蒼や星野を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「蒼!先日はどうも。楽しかった!いやあ、実に楽しかった!!」
温泉旅行のことを言っているのだろう。
蒼は苦笑いだ。
「こちらこそ……」
「いやあ。星野くんも元気?あいかわらずいい形(なり)をしているね!!」
少しだらしのない、星野の恰好が圭一郎は好きだ。
星野の人間性が全面に出ているからだ。
あっはっは!と豪快に笑う圭一郎。
後ろにいた有田は奥川を差し置いての振る舞いにやきもきしているようだ。
有田は口をはさむ。
「マエストロ!」
「なんだ?」
「今回のステージマネージャーを担ってくれています、羽根田の奥川さんです」
有田の紹介で、彼は初めて奥川に気が付く。
「美人な女性は一度見たら忘れない。君は、先日、イギリスでも?」
「ええ。先生」
蒼たちが先になったとしても、表情一つ変えない奥川は見事だ。
「ご無沙汰しております。奥川です。今回は私どもを使っていただきまして、本当にありがとうございます」
「使うだなんて。こっちが世話になるのだ!よろしく。美人さん」
完全なセクハラだが。
圭一郎がいうと厭らしく聞こえないから素敵だ。
嬉しそうにしている彼。
美人も好きなのだ。
かおりが見たらやきもちを焼きそうだと蒼は思う。
ふと、隣にいた有田も笑顔だ。
「奥川さんは敏腕です。彼女と組むと、仕事がしやすくて助かります」
「そうなんですね」
「わたしは、マエストロのお守りでいっぱいですから。ステマネができる方でないと、全体のお守りをする羽目になる場合もあります。特にヨーロッパでは、そうです。日本は比較的、真面目に演奏会が進められるので仕事がしやすいです」
そういうものなのか?
彼女は。
蒼にとったら、あまりいいイメージのない彼女だけど。
きっと。
優秀な人材なのだろう。
優秀な。
だけど。
人間としてはどうなのだろう?
見たところ、指輪もしていない彼女。
仕事に身をささげてプライベートはおろそかになっているタイプ。
有田の女版とでもいうのか?
有田は最近、結婚したらかいいけど。
仕事一筋の女性ってすごいと蒼は思った。
星音堂には女性がいないから、なじみがないのだ。
女性への見方を改めないといけないと痛感していた。
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