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98.剔抉6
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なにがなんだかわからないが。
蒼は彼らに促されるまま、後部座席、羽根田の隣に座っていた。
「悪いね」
なんだかちょっと。
いつもと違う気がする。
緊張した。
羽根田も居心地が悪そうである。
神妙な面持ちだった彼。
大きく深呼吸をした。
「いかんね。ビジネスだとなんでもできるんだが。柄にもなく緊張してしまっているよ」
「羽根田社長」
運転席にいた岩見も息をひそめているようだった。
「よし!ともかく、話をしよう」
彼は一つの書類を蒼に差し出した。
「これを見て欲しい。これを見ればなにもかもわかるから……」
手渡された資料の見出しに、蒼は目を見張る。
『熊谷蒼の調査報告書 最終報告版』
「これって」
「本当に悪いね。でも。気になってしまって」
羽根田は蒼の顔をまじまじと見つめる。
「君は空にそっくりだから……」
空?
母さんのこと?
蒼は面食らって一瞬、思考が停止する。
「な、なんの話……ですか?」
「すまないね。昔話をしよう」
彼は蒼から視線を外さずに進める。
「若いころだ。父親のもってきた縁談が納得できなくて。自暴自棄になって遊び歩いた。悪いこともした。女遊びもした。そんなとき、一人の素敵な女性に巡り合ったんだ」
それって?
「彼女はお日様みたいに明るくて、おれのすさんだ気持ちをいつも癒してくれた。おれは、いつしか彼女との結婚を夢見ていた。だが、突然。彼女は姿をくらましてしまったんだ。ずいぶん探した。興信所や探偵もお願いした。いくらお金をかけても、時間や労力を費やしても、彼女は見つからなかったんだ」
羽根田は軽く息を吐く。
「あきらめきれなかった。だけど。いくら時間がたっても、彼女は見つからない。おれは、已む無く父親の持ってきた縁談を受けた」
「それが……」
「今の妻だ。結婚後、すぐに娘ができて。とんとん拍子で娘が3人になった。父親の仕事を受け、忙しく。社員も抱えていたから。自分のことに思いをはせる暇もなく、ここまで駆けてきた。今回は、懐かしい場所に来られるということで楽しみにしていた。もしかしたら、虫の知らせだったのかもしれない」
「それって……」
「蒼。君は私の子供だ」
「……!?」
「今のご時世、こういう汚いことをするのは好まないが。気になってしまってね。先日、君と食事に行ったときに、君の髪の毛を少々拝借した」
羽根田が次に出した書類は、DNAの検査結果。
その書類には二人のDNAが親子であるということが明記されていた。
「……あ、あの……」
蒼は言葉に詰まって、それから羽根田を見る。
「まさか、空が妊娠していたなんて想像もできなかった。ここでまさか。わが子に会えるなんて本当に思わなくて」
「わが子って言っても」
蒼は混乱する。
「お、おれの父さんは熊谷栄一郎一人ですから。いまさら、父親だなんて言われても……!」
茫然としていたところから、なんとなく、釈然としない気持ちを持て余している自分がいる。
怒りがわいてきた。
「蒼」
「蒼なんて呼ばないでください!おれはあなたの子供じゃない!」
自分の存在を知らなかったのだぞ?
この人は。
いまさら。
いまさら。
探したって本当なの?
空を捨てたんじゃないのか?
蒼はなんだか混乱してわけがわからなくなってしまっていた。
羽根田は困った顔をしていた。
岩見は息をひそめている。
なんなの?
なんなんだよ!?
蒼は一人で騒いでバカみたいに思える。
「帰ります!」
扉に手をかけようとすると、ふと羽根田が声を上げる。
「蒼」
羽根田はいつもは見せない冷やかな表情を見せる。
これが。
企業を引っ張る社長の顔なのだろうか?
「取引をしないか?」
「と、取引?」
「先日も話をしたんだけどね。家に息子がいないんだ。ぜひ、跡取りが欲しいって思っていたところだから」
「それって」
「君が羽根田の家に来てくれるというなら、我々羽根田グループは関口圭くんを全面的にバックアップしていこう」
「全面的にバックアップ……」
それって。
それって裏を返せば、自分が羽根田に組しないと決めた瞬間。
圭の音楽人生を断つくらいの影響力がある羽根田が動いたら。
背筋が凍る思いだった。
羽根田が怖い人に見える。
「あなたって人は……」
「私はなにも言わないけどね。大人の事情。わかってくれるよね?」
脅しだ!
企業なんて言ってもやくざみたいなやり口じゃないか!!
蒼は「失礼します!」と車から出る。
「猶予は1か月だ。1か月後に岩見をよこすからね」
最後に聞こえた羽根田の声は、蒼にとったら死刑宣告みたいに聞こえた。
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