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100.春6
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「お兄ちゃん!こっちこっち」
路地にあるカフェ。
パラソルの下で優雅にお茶を楽しむ女。
自分の姿を見ると嬉しそうに手を挙げた。
「朱里」
彼女はこんな人間だっただろうか?
名前の通りの朗らかな女性になっている。
「久しぶり」
「元気?」
こっちに来て、朱里に会うのは初めてかもしれない。
朱里はパリに留学中。
今日は、仕事の関係でフランスに足を運んだので、ついでに朱里に会っておこうと思っていたのだった。
「元気って顔してないみたいだけど?」
彼女は苦笑する。
「そういうなよ」
「蒼ちゃん、いなくなっちゃったんだって?」
「……」
あれから。
いろいろ探してはいる。
「ねえ。お兄ちゃん」
「ん?」
「今日はとっておき情報よ」
朱里はそういうと、いたずらに笑う。
「なんだよ?」
「先日、ルームメイトがね、ドイツのとある演奏家のピアノリサイタルを聞きに行ってきたんだけど」
「それが?」
「そこで。小さくてかわいい感じの黒髪の日本人男性に会ったそうよ」
「小さくてかわいい感じのって……」
「しかもね。そのリサイタルのバックアップをしているのが、羽根田グループなの」
「!?」
それって……。
「まあ、こっちの人からしたら、日本人は小さくて黒髪でチャーミングなのかもしれないけど……」
「でも……?」
「回りの人からは『あお』って呼ばれていたらしいって聞いて」
「!!?」
蒼が。
蒼がこっちに来ている……?
蒼と離れてしまってから、蒼の存在自体を感じられなかった。
だけど、これって。
蒼の存在をちらっとでも感じられた瞬間、圭は心底震えた。
これはなんと表現したらいい感覚なのだろうか?
「大丈夫?お兄ちゃん」
「朱里。本当にありがとう」
「少しは役に立つでしょう?あたしも」
彼女は笑顔だ。
「悪い……」
「ううん。あたしだって、お兄ちゃんと蒼ちゃんが二人でいるのを見るのは結構好きだし。さみしいもん。蒼ちゃんに会えないのって」
「朱里……」
「でもさ。こっちに来ていて、さらに、クラシックの世界に足を突っ込んでいるのがわかれば、結構探しやすいと思わない?羽根田をキーワードに追っていけば、結構わかるかもしれないよね」
「そうだな」
蒼が、こっちに来ているなんて露とも知らなかった。
世界中を駆け回る可能性はあるが、蒼が世界を歩いているなんて、なんだか想像もできないことだったし。
結局、自分は、今まで無駄足を踏んでいたのかもしれない。
圭が取れる情報は、一般的なものばっかり。
羽根田をキーワードに検索して、出てくる情報とか。
日本に帰ったときに、できることの情報をとっていたけど、それだってたかが知れている。
高塚にお願いする訳にもいかないし。
自分で出来ることはやっていかないと。
だけど、こうして気にかけてくれている人がいるのかと思うと、本当に嬉しい。
「本当にありがとう」
妹に素直にお礼を言うのなんて気恥ずかしいけど。
本当に感謝だった。
「まあ、頑張って」
彼女は苦笑して席を立つ。
「もう行くのか?」
「午後のレッスンがあるもの。じゃあね」
彼女は気軽に挨拶をして姿を消す。
あっさりしているところは変わりない。
彼女を見送って、それから、圭はじっと先ほど覚えた感覚を思い出す。
「嬉しい……んだろうな」
声が震える。
蒼がいる。
蒼が生きている。
蒼に会いたい。
蒼に会いたい!
圭は動揺しているまま、歩きだす。
ただ、その動揺は、心地いいものだった。
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