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学習室をよく眺めていると…いた。紫が、淡い橙のシャツに空色のカーディガンを羽織り、一心不乱に筆を動かしている。恋文を記すより熱い視線で、問題集の答えを大学ノートに書いているらしい。つまんねぇの、と嶋は唇を尖らせる。
(まっ、初っ端から尻尾出すわけねぇだろ。)
(その内、ボロを出すって…。)
嶋は思い、漫画を本格的に読み始めた…。
図書館のガラス越しに見える空の色が、水色から鮮やかなオレンジに変わる頃。嶋は察した。
(紫ちゃんったら、ガチで勉強漬けになっていらっしゃる…‼)
紫は勉強しかしていなかった。実際、引くほど問題を解いていた。目の前の問題にしか、興味を示さなかった。筆が止まる時は、最大五分ほどだ。筆を置いての見直しや休憩をとる時は、除外される。紫はとにかく、机と一体化したいのかと疑うほど、額を突き合わせて目の前の問題にがむしゃらに取り組んでいた。…館内どころか、傍らの人間には目もくれない。
嶋は最初の一時間、きっかり相手を観察した。それから、一時間に六回の確認が四回になり、二回になり…。二時間に一回の確認が三時間になり…。気づけば、昼食を挟んで手束稔(テヅカ ミノル)の漫画二十一巻を全て読破していた。
軽い疲労感を覚えつつ、眉間の皺を人差し指と親指で押さえてから、嶋は改めて相手を確認する。…変わりなし。
漫画を本に戻して、閉館のアナウンスを耳にしつつ、嶋はとことこと図書館の出入口に向かう。ロビーで待っていたら、彼以上に疲弊した顔の紫がやって来る。嶋はすかさず、相手に声をかけた。
「…よう。」
紫は目を丸くして、ほんの少し、首を竦めた。唐突な襲撃に弱いのか。視線を彷徨わせながら、優等生は声を振り絞る。
「な…、何でここに。」
「あ~…。」
間延びした声をあげながら、嶋は内心汗ダラダラだ。
(やっべ。言い訳を考えてなかったわ…。)
「うん、まぁ…。急な誘いがあって。今まで友達とちょっと遊んでいたんだけど。ついさっき解散になって。近く通ったから。そういや、ここお前がいるっつってたなぁ…と。」
急ごしらえの言い訳に、紫は黙ってただこくこくと頷いてみせた。どうやら、紫の方が動揺が大きいらしい。紫の持っていたモノクロの手提げ鞄が、力なく揺れた。
「…ほら。」
嶋が片腕を差し出すと、相手はキョトンとしてみせた。嶋は顎を小さく上下に動かす。
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