アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
53
-
倒れていく目が、空虚でしかない嶋の席を捉えて離さなかった。
「…たすけて。」
寸でのところで、嶋は相手を抱きとめた。同居人の腕の中で、紫は身動ぎして唸る。
「…いやだよ…。」
悪夢に魘されたかの如く、紫はそう口走って…くたりと彼の身体から力が抜けた。
「紫…ッ‼おい、ゆか…‼?」
名を呼びかけた嶋は、一瞬硬直すると、すぐさま床を這うようにして後退を始めた。やがて、紫の周囲に漂う何かを畏怖するみたいに、命からがらといった体で自分の席まで駆け出す。狂ったように鞄を漁り、ポーチからペン型の物を取り出すと、思いっきり右大腿部に突き立てる。α用の抑制剤が入った、小型注射器。いざという時のために、αの携帯が義務付けられているものだ。避妊薬を兼ねていて、ヒートの症状を緩和し、少々ではあるが理性を取り戻す。
「…っ」
瞬間、苦悶の表情を浮かべたものの、すぐさま平静に戻る。嶋はくるりと振り向いてから、相手の元に駆け寄る。ぶわり、と香る、妖しい匂い。
(こんな時に、紫が発情期を迎えるなんて…最悪だ。)
抑制剤は一瞬で効く、というほどではない。ラグはあるものの、注射の痛みで嶋はかなり自分を取り戻していた。更に言えば、嶋にはポリシーがある。
(…こちとら、悪いがヒートに負けるような男じゃねぇんだよ‼)
αの青年は歯を食いしばりながら、ヒートによる誘惑に耐え、普段の二倍遅い速度で紫を背中に担ぐ。
(意識のねぇΩヤるとか最悪だし‼っつか、そもそも紫ちゃん相手にヒートとかないしっ‼心乱されるな、オレ‼今、自分と賭けに負けたら、最悪オレの一生は紫ちゃんのものになる‼それだけは…それだけは勘弁して下さい、御代官様ッ‼)
自身に言い聞かせながら、同居人は紫を背によたよたと廊下へと出ていった…。
頭が、甘い匂いにじんじんと麻痺していく。それでも、足は緩めない。思わず、片腕を紫から離して、鼻先に押しやる。が。指の股から、甘い匂いは侵入してくる。誤魔化しようがない。
下半身が痛いほど、熱い。頭の中で、αの血が騒ぐ。背中の獲物を床に下ろして、抱き潰せとひっきりなしに喚く。時折頭を横に振って、嶋は気が遠くなるような怒号と競り上がってくる猛烈な欲情に耐えていた。
一歩一歩踏みしめて、階段を降り切ったところで、嶋の足が止まった。
(…あれ??)
南国を思わせるたくさんの果実、幾つかの柑橘類、薬草、それから粘り気の強そうなハチミツ…。嗅ぎなれた匂いに、嶋は近くの壁に片腕をつきながら一心に考える。
_
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
53 / 146