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「…紫さんから、頼まれました。あなたがシマさん、ですよね??」
「えっ。あ、はい…。」
「お手紙だそうです。…本来は、病院の規則として許されていません。患者が病院を抜け出す場合があるので。ですので、他の人には内緒ですよ??」
がくがく頷いて、嶋は彼女から紙片を受け取る。四つ折りにされた、小さなメモ。紫らしい清楚な文字が、丁寧に綴られている。
『嶋、会いたい。』
どきり、とする。昨夜、まるで嶋の夢を透視したかの如く夜這いしてαの肉体を誘惑していたという印象が薄れ、キッチンに立っていたあの甲斐甲斐しい紫の背中が恋しくなる。
「あの…っ」
嶋の声に、先ほどの看護師が顔を上げた。
「…返事。あの今日だけ、一通だけ…渡してくれませんか。」
看護師は、目を瞠っておどけてみせると、にこっと微笑む。
「一週間くらいなら、私がやってあげてもいいわよ??…ただし、一人一日一通に限ります。あと、この時間に来ないと私はナースステーションに帰っちゃうから。…遅刻厳禁ね。」
看護師の笑顔と吉報に、嶋の口元も綻ぶ。
「はいっ‼」
思わずあげた威勢の良い返事に、半径一メートル以内の人間全員が振り返った。看護師は、音もなく人差し指を口にたて、嶋は首を竦めた。
同居人のいない生活は、早回しの映像みたいに嶋にとってまるで味気ないものだった。
食事はインスタントが主。時たま、ざく切りにしたキャベツなんかをカップ麺に混ぜる。が、紫の手料理に舌が慣れ過ぎていて、人が調合した粉末スープの味はどうしてか口に合わなくなっていた。
食べ物だけではない。紫は毎朝、麦茶をケトルに作っていた。お茶パックをお湯に浮かべて、程よい味わいになったらパックを取り出す。嶋だって、このくらいは出来ると高を括って挑戦してはみたものの、どうにも同居人と同じ味には出来なかった。何だか虚しくなって、途中から二リットルのミネラルウォーターを冷蔵庫に保管し、飲むようになっていった。
一人で過ごすのは退屈で、気づいたら足は外に向かう。じんわりと汗が肌に纏わりつく。
病院の前に到着するものの、今朝の手紙はすでに交換している。足が勝手に動く。高校の下駄箱前。図書館前…。出迎える人なんていないのに、足は彷徨を繰り返す。
時間を潰して、仕舞には帰宅している。手洗いうがいを終え、自室に引き返す。荷物を漁って、中から紙片を取り出す。今日で四日目。嶋の胸の内で、寂しさだけがしんしんと降り積もっていく。
『嶋とたくさん話したい。』
『嶋に触れたい。』
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