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『嶋、僕がいなくても課題をちゃんとやってよね??』
ベッドに仰向けになって、両腕を伸ばし、小さな紙切れを繰り返し読む。内容が変わるわけでもない。紫が帰ってくるわけでもない。
嶋はそっと人差し指で、入院患者の字をなぞった。
「…紫ちゃん。」
目頭がカッと熱くなって、気づけばつーっと涙が肌を伝っている。奥歯を噛みしめると、開いた口から言霊が溢れる。
「会いてぇよ…ッ」
紙片を胸の前で、両手で包み込むようにして握りしめる。力んだ指先は真っ白に変色しつつあった。
ボストンバッグに不格好に突っ込んだ読書感想文は終わっている。他の課題も綺麗に完遂していた。…紫の喜ぶ顔を見たくて、同居人は回転がはやいとは言い難い頭を一生懸命振り絞って、問題を解いた。
(何で、夜這いしていたんだ??否、夜這いは昨夜が初めてなのか??)
(どうして、オレに項を差し出したりなんかした??)
(っつか、最近紫ちゃんの体調が悪い日が続いたのは、ホルモンバランスの乱れが原因??)
第一、と嶋は毎夜見た臨場感たっぷりの淫らな夢を振り返って零す。
「毎日施錠していたのに、どこから入ってきていたんだ??ってか、いつから夜這いをしていたんだ??紫ちゃんは賭けの決まりを守っていた。毎日、薬を飲んでいたんだ。それが…。」
嶋は嫌でも思い出してしまう。口腔から溢れ出た尋常じゃない量の唾液。嗅覚がめいっぱい堪能した濃密な甘い匂い。
「オレの身体がアレだけ劇的に反応したのは、紫ちゃんがΩフェロモンを出して…発情期に近い状態だったとわかる。…おかしいな。薬を飲んでいれば、ある程度のΩフェロモンは放出されにくくなり、またα側の理性がきくようになる。浅葱センセが言っていたような、単なる発情期の前触れだったか??…けど、待てよ。流石にないと思うけど、毎晩のアレが現実に起こっていたとしたら…。紫ちゃんは毎晩、自分の意志で短い発情期を迎えて数時間で、元に戻っているってならないか…??Ωが発情期を避けたがるのはわかるけど、故意に起こすなんて可能なのか…??」
疑問だけが膨らんで、胸がはち切れんばかりになっている。謎だけがてんこもりで、おまけに黒幕は今頃病院のベッドの上だ。
力いっぱいメモを握りしめて泣きながら、嶋はすんと鼻を鳴らす。
(あの夢の話だけじゃない。他にもいっぱい、話したい事が溜まっているんだよ。)
(網戸にとまった、鳴き方が面白い蝉とか。クーラーが一人でに暖房にモード切り替えたとか。お隣さんが凄い叫んでいたと思ったら、ただゴキブリが出没していただけって話とか。)
(一人じゃ、そんな楽しくないし。…他の誰かに話したいんじゃないんだ。)
匂いじゃない。温もりじゃない。肉体じゃない。
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