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嶋はようやく、目の前で土下座している相手の身体が小刻みに震えているのがわかった。
「…一回だけで、いいから…。僕を…抱いて、下さい…。」
床の上に、次々としょっぱいだろう雫が跳ね、弾ける。嶋は状況に急き立てられ、急いで相手の腕を引っ張る。引き入れた薄い背中に、両腕を回して深く抱擁する。抱かれた青年の、痛ましいほど痙攣する狭い肩が、戦慄く唇が、紡がれる途切れ途切れの言葉が…嶋の心を大きく揺さぶって離さない。
「しま…っ」
嶋の肩に暖かな雫が降りかかる。嶋の全身で包んだ獲物は、酷く熱い身体と激しい鼓動を内に秘めていた。肌を介して伝わる微熱は、嶋の呼吸を乱す原因になった。
「おねが…っ。しま…っ。あやま、るから…‼おねが…いしま、す…っ‼」
身体にしがみつく獲物を無体に切り捨てられず、嶋は困り果てた。しゃくりあげ、泣き続ける紫を慰めたい気持ちと、恋をしないと決めた自分のルール。…どちらをとっても、嶋は後悔して終わりそうだった。
「…悪いけど。」
喉から声を絞り出す。自分を守るために、嶋は苦しい選択を強いられていた。少しでも痛みが少なくなればいいと、気休めではあるものの嶋は相手の頬に片手を持っていく。
「オレは、お前を“好き”にはなれない。恋人にはなれない。付き合うのもなしだ。」
片頬を柔らかく撫でて、紫の恋心を全否定する。…紫に好意を寄せて抱いてしまったら“恋”になる。ただ、身体だけの割り切った関係なら…紫が誤解しないのを祈るばかりだが、一夜限りのセックスフレンドにはなれる。
「…それでもいいなら、今夜一度だけ…お前を抱いてやる。」
紫はほろほろと涙を流しながら、小さく頷く。
「ただし、一つ条件がある。…セーフティセックスだからな。お前、発情期明けだし。妊娠するとは思えないけど、万が一ってのがあるからさ。センセとも約束したし。」
嗚咽の間で、わかった、と紫がか細く鳴く。
嶋は無言で自身に身を委ねたΩの背を繰り返し撫でてやった。Ωの荒い呼吸が段々と和らいでいく。全身で感じながら、嶋は緩々と瞳を伏せていく…。
(これでいい。)
(オレは今、恋ができない。)
(紫ちゃんが幾らオレを好きでも、その“好き”にオレは何一つ返せない。)
不毛な一方通行な恋は、虚しい肉体の交わりで終わる。嶋はこの恋に、冷たい終止符を打つ。
数時間後。午後十時過ぎに、紫は浴室のタイルへとそっと裸足を置く。シャワーを出して、ちょうどいい温度になってから、頭から無数の細かな雫をかぶる。シャワーを浴びながら、壁に両手をつけ、紫は深く俯く。
紫は、同居人と夕方会った時、咄嗟に話を誤魔化していた。
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