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『…あぁ、嶋。おかえり。一体、どこに行っていたの??昼間、帰ってきたら冷蔵庫に入った朝食が手付かずで心配したんだよ??』
紫は昼間、同居人に会っていた。嶋のために手料理を作りたくて、図書館を少し早めに出た。だから、マンションに帰ってきたのはまだ午前中だった。…自動ドア越しに、エントランスで喋っている見覚えのある男女を見て、反射で隠れてしまった。
何を会話しているのかはよく聞こえなかったが、仲睦まじい様子というのは無音でもひしひしと伝わってくるものだ。紫は二人から目が離せない。嫌だ、と心底疎んじているのに、嶋がいるから…どうしても気になってしまう。
二人は、もしかするとエントランスから自動ドアを潜りにやって来るかもしれない。紫は小さく俯く。嶋に立ち聞きしているとバレるのだけは、勘弁して欲しかった。
(ええい、いっそもう飛び出していって…女の子には悪いけど、嶋に話しかけてみよう‼)
心に決めて、飛び出した…矢先。
紫の目の前で、男女の距離が唐突に縮まった。嶋が手を伸ばして…自分の顔を彼女に近寄せた。女性の後ろ姿しか見えない紫は、同居人が彼女に口づけをしているように見えた。
八月末とはいえ、晴天の日はまだそれなりに暑くなる。顎からダラダラと大粒の汗を落としながら、紫は同居人のキスシーンを遠くから眺めていた。エントランスは空調が効いている。涼しく和やかな世界で、男女は一つに結ばれる。
若いαと紫を隔てる自動ドアが、まるで一生開かないショーウィンドウみたいに見えた。キスを終えて顔を離しただろう嶋は笑顔のままで、甘く濃密な時間に同居人の存在など忘れて遠くに攫われていく錯覚すら抱いた。
蝉の合唱が遠くに聞こえる。容赦なく自分に降り注ぐ太陽の日差しが、嘲りのように思えてならなかった。紫はどこからともなく聞こえてくる蝉の声に導かれるみたいに、とぼとぼと熱く焦がされたアスファルトの上を歩いた。夏の終わりにしては珍しいムッとする湿気を帯びた風に吹かれて、紫は足を止め、ゆっくりと瞬きを繰り返した。
あの時、心にふっと浮かんだ本音がシャワーを浴びている紫の口をついて出る。
「…僕だって、嶋と一つになりたいよ。」
嘘でもいいから、という紫の呟きは騒々しいシャワーの音に掻き消されていく…。
童貞にセーフティセックスと青天の霹靂って同義じゃね、と閃いてしまうくらい嶋は行き詰っていた。
時刻は午後十一時過ぎ。永遠に夜がこなければいい、なんて子供っぽい祈りは天に届かない。
嶋は困った挙句、色っぽいネタにはことかかない市川に携帯で電話をかける。
『はい??どうした、智明。』
「すまん、良太‼…お前だけが頼りなんだ。」
いの一番に謝罪して、信頼を明かされたαの友人は上機嫌になって答える。
『おうおう。相棒、いいってことよ‼…んで、どんな人生相談だ??』
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