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おうよ、と嶋はやや不貞腐れた声で返す。
「…九月にまた会おうな、紫ちゃん。」
互いに、一夏以上の親密さはもうないと知っていながら、遠方に引っ越す子との別れを信じたくない子供のように、二人は挨拶をかわした。
まだ真っ青な宵闇の中を、黒いタクシーが切り裂くように進んでいく。嶋は車内からぼうっと窓の外の景色を眺めていた。全身に深刻過ぎる疲労が回っていた。二度と訪れることのない後方のマンションを一度も振り返りはしなかった。
…段々小さくなっていくその車の影に対し、マンションのエントランス前で見送る紫は、いつまでもいつまでも大きく片腕を左右に振り回していた。後部席に映る人影が、こちらに一切の眼差しを送ることがなくても、かまわず痺れた筋肉をさながら諦めたら終わりだとばかりに動かし続けていた…。
水曜の朝。朝帰りした嶋を両親は随分と心配したが、宿泊していた先の友人と喧嘩になったのだと説明した。…あながち、嘘ではない。
一日目、二日目と…実家での夏休みは、勝手気ままに過ごせた。紫の家で、戦々恐々としていたのが遠い昔に思えた。
夏休み最終日。八月三十一日の土曜日。嶋は、真実から目を背けるのが難しくなっていた。
「…紫ちゃん家に、着替え二着忘れている…っ‼」
正午過ぎ。実家の自室、ベッドの上で嶋は両手で顔を覆い、ウソ泣きする。
(…あんだけ格好つけて家出ておいて、まさか‼まさか、取り込んだ洗濯物を全部ダイニングの床に畳んで積んどいて、習慣で放置して帰るだなんてェェェッ‼)
間抜け過ぎる、と肩を落とす。更に、運悪く二着の内の一つがお気に入りのシャツときている。
(取りに行くとしたら、この最終日しかねぇよなぁ…。)
勘のいい紫だから、始業式の日に持って来てくれる確率は低くない。…だが、問題が一つ。
(どんな顔して会えっつぅんだよぉぉぉ~っ‼)
七転八倒する嶋の枕元で、雑に放っておいた携帯唸りをあげた。嶋が携帯を手に取ると、画面に『市川良太』と名前が出ている。
「…もしもし??」
嶋が携帯を耳に当てると、大音量が聞こえてくる。
『あ、智明‼』
「うっわ、お前もうちょい声落とせ‼うるせぇよ。」
『え??ああ、悪ィ悪ィ。』
嶋は、億劫そうにベッドから半身を起こす。
「…でェ??要件は、何だよ。」
『あ、そ~だ。智明さ、今夜空いている??季節外れの夏祭りあるだろ。一緒に行こうぜ。』
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