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はにかみとコーヒー
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※暗い
「カフェオレなら飲める?」
「子供じゃねえって」
「…僕も好きだよ、カフェオレ…姉さんに怒られそうだからいつも避けてるけど」
「…あっそ」
ミルクディッパーのカウンターに立ち、俺にコーヒーを入れる良太郎。時折愛理が席を外している時、彼はそこで手を動かす。その姿は姉の姿と重なり、ふと目が合えば微笑む彼に、また彼女の影が映った。
「はい、」
「ん、ありがとな」
俺はカップを手に取り、口元まで寄せてから香りを嗅ぐ。嫌な訳ではないのだ。ただ、少しばかり苦いものを苦手とするだけなのだ。
そのままカップを傾けた。おそらく愛理の残した豆なのだろう、ミルクの味と相まった香りは甘かった。その風味にすら彼女の影が落ちる。実際俺はそこまでコーヒーには長けていないのだが。
「…やっぱり兄弟なんだな」
「え?」
「コーヒーの味が似てる…気がする」
「ええ、そうかなあ」
良太郎はカウンターに肘を付き、指を絡めてはにかむ。その仕草がまたカフェオレを更に甘くした。
「どうかな、豆、仕事してる?」
「まあまあだな」
「そっか、」
姉の言葉を真似る良太郎は、少しばかり瞳のトーンを落とした。一瞬、カフェオレの味が消えた。
この目はあの夜の目だ。そう、脳が警報を発する。受け皿にカップを置き、彼の話を受け入れる用意をする。カップの揺れて陶器の擦れる音が耳に触った。
「…ね、やっぱり姉さんが好き?」
「…好きなのは、野上だが…でもやっぱ、ちらついて仕方ない」
「そっか…まあ、しょうがないよね、元々の世界はそうなんだから」
「お前…なんでそんなに信じてないんだよ」
良太郎の微笑みは冷たいものだった。不信を寄せ集めた暗い瞳は真っ直ぐに俺の胸を刺す。
始まりは、半分彼のせいであった。店に二人きりになった時、「どうしても、侑斗は姉さんに向いてしまうのかな」と彼は零した。俺はそこでどう答えるべきだったのか、いくら考えもわからない。それだから俺は彼の唇に口付けた。彼はほろほろと泣いていた。
多分、正直なところ、俺はこのことを彼のせいにしている。俺は俺のしたことを償わなくてはならないのに。彼はその後に「ごめんね」と言った。
おそらくそれは姉に向けられたものだ。独りにされる寂しさを俺は知っている。だから、少なくとも少しは同情の念が入っていた。
けれども、同情で人は抱けるものなのだろうか。
そこなのだ。俺は自分の罪と向き合わなくてはならない。あの夜のことを忘れてはならない。
「だってさ…おかしいよ、こんなの…同性を好きになるなんて、おかしいんだよ……姉さんを重ねてない限りさ……」
彼はまたあの日のように涙を零した。あれから彼はよく泣くようになった。俺のために。それを少しでも嬉しく思ってしまうのは、俺が本当に彼を好いている証拠になるからなのだろうか。
「そんなに…おかしいことかよ」
そう言ったところで、俺にも自覚はできていた。
この言葉に中身はなかった。彼の涙に映る俺の顔の方がよっぽど真実だ。彼に好意を寄せていることに安心感を覚えている。それは人間として、少なくとも間違っていることである。
「でもね、」
彼は切り出した。声ははっきりとしていた。
いつもの和やかなトーンではない。
「いくら侑斗が姉さんを好きでも、僕、渡さないからね…姉さんには申し訳ないけど…」
好意を寄せられているという確かな安心と、束縛を許さなければいけない責任と。その二つが俺にのしかかった。この時の彼に何が特効薬なのかはわからない。いつも、こうなればあの日を繰り返す。今回もまた、席を立って彼に口付けた。軽くそのまま髪を手で梳いてやれば、彼はまた少し体温を取り戻す。
「ん、ぅ…」
「…今日も、するか」
「うん…」
偽善で良かったのに。ただただ俺はそう思う。
いいじゃないか、彼の姉に向けられた好意という欲が彼に向いて、彼は被害者で、俺は加害者で。
ただ、彼はそれよりも自身の犠牲を望んだ。
彼は好意で身を潰す決心をしてしまった。身を潰すことで俺を束縛しようとしているのだ。いくら俺が「そんなことをしなくても」と言えども、彼は自己を犠牲にし続ける。
とりあえず、今、俺が彼を好きでいる。その事実が一等安心できた。彼の好意に応えることが今俺にできることであった。涙があの日を思い出させて、それを引き金に行為に及ぶ。その循環を止めなければだとか、一番の問題を差し置いて目先の問題ばかりを思案することが、今の泥沼で息をする方法だった。
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