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02.そして、
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今回の仕事。
ここまで持ってこられた自信があるのだろうか。
今の自分ならきっと、出来る。
市民課で戸籍を出していた自分とは違うのだ。
上司に何度もダメ出しをされて、苦しい中で、先輩に支えられて企画書が通ったのだ。
「やれる。きっと。やる」
十文字はそんな気持ちに押されて、駅前を抜け、目的地の喫茶店の扉を押した。
「なんだ。また来たのか」
カランカランと鳴る鐘の音を聞きながら、ドアを開けると、石田があきれた顔をした。
「あの後、大丈夫だったのか?田口さん。お前をおんぶしていっちゃうから。びっくりした」
「ごめん。石田にも迷惑かけたね」
「そんなことはない。本当は、おれが預かれればよかったんだけど。逆にあの人に迷惑をかけてしまった。すまないな」
「それは、おれのセリフでしょう?まったく嫌になるよな」
十文字は、カウンターの隅に座る。
「今日は何だよ」
「えっと。待ち合わせ」
「誰と」
彼は、小さく頷く。
「拓」
石田は、それを聞いて目を瞬かせる。
「何だよ。拓?」
「うん。葱の。いたじゃん」
「知ってるけど」
「この前、偶然会ってさ」
「そうか。で?」
「でって……」
十文字は、顔色が悪い。
緊張しているのだろうな。
そう思う。
石田は、小さく笑って十文字を見る。
「しっかりな。邪魔しないようにしてやるから」
「ごめん。意気地なしだからさ。どうしても石田の店にしちゃって」
「別にいい」
「知っている人が側にいると思うと、少しは頑張れるかな?」
「お前は、頑張れてる。仕事だって食らいついていたじゃない。おれ、悪いけど、あんな必死なお前見たことない。森合も言っていたぞ。お前が真剣に向き合っているのすごいって。あいつ、梅沢に帰ってきたら、早くお前に会って話したいって言っていたぞ」
「そうだった」
十文字は、力なく笑う。
「森合と話して思いついた企画が通ったんだ。報告してお礼しないと」
「祝ってやるから」
「うん。森合帰ってきたら教えてよ」
「そうだな」
そんな会話をしていると、扉が開いて男が顔を出す。
彼は、きょろきょろとしていたが、十文字を見つけると、笑顔を見せて寄ってきた。
「ごめん。遅くなって。場所がわかりにくくて」
彼は、そういうと、十文字の隣に座った。
それから、石田を見上げる。
「あれ?確か。小針の……」
「あいつの話は、なしにしてもらおうか」
「ごめん」
「石田だ。久しぶりだな。鈴木拓」
「おれの名前覚えていてくれたんだ」
高校時代の面影がある。
線の細い、柔らかい笑顔。
石田は、当時のことに思いを馳せる。
十文字は、彼が好きだった。
高校生にとって、電車で1時間も離れている距離は、遠い。
それでも、彼は、拓が好きだった。
携帯で連絡を取ったり、なにかあれば会いに行ったりしていたものだ。
だけど、結局。
最後の最後まで自分の気持ちは伝えていない。
だから、こうして前に進めていないのだ。
コーヒーを煎れながら、石田は、二人の様子をこっそり見る。
当たりさわりのない話からだろう。
拓は、にこにこっとして何かを話している。
十文字の緊張なんて、彼には、認識することすらできないのではないだろうか。
そう思いながら。
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