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01.あの人
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中庭で、彼を見かけた時の衝撃は忘れられない。
だって。
あの人が。
もう出会うことのできない、あの人がそこにいる気がしたからだ。
失ってから、さほど時間が経っていないはずなのに。
なんだか遥か昔のような気もすれば、つい先日のような気もしてしまう。
桜の木の下。
古ぼけたベンチ。
そこで、春のポカポカ陽気を楽しんでいる男。
「やあ、いい天気だね」
つい、声をかけた。
男は、驚くそぶりもなく、じっと自分を見つめていた。
「吉岡のおじさん」
「入庁したって聞いていたよ。しかし、この人の多さだ。なかなか出会えなかったね」
彼は、初々しい身なり。
つい先日、梅沢市役所に就職したばかりだ。
「ネクタイ、下手だね」
横に曲がっているネクタイ。
彼を彷彿させる。
彼もまた、身なりは気にしない人だったっけ。
「こんなもの、面倒です」
わしゃわしゃとネクタイを掴む彼を見て、笑ってしまう。
「ああ、ダメダメ」
手を伸ばして、ネクタイをそっと直してあげると、恐縮したように彼は頭を下げた。
「すみません。そんなことさせてしまって」
「あれ?そんな小さいこと気にするんだ」
「小さいことって……総務部の課長じゃないですか」
「小さいことじゃない」
「……話になりませんよ」
「あはは」
のらりくらりは、特技だ。
「係長を困らせちゃダメだよ?」
「分かっています」
二人で並んでみるこの景色は、あの時と同じ。
ふと、昔のことに想いを馳せた。
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