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11.派閥
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「保住さん、市長のお気に入りですね」
日本酒をあおって、水野谷が笑う。
「そうか……っつか。なんでお前がそれ、知ってる訳?」
吉岡は面白くない顔をして水野谷を見る。
ここは居酒屋。
油で汚れているカウンター。
二人は並んで日本酒とおでんを頬張る。
「ほら。保住さんの家でよく一緒になっていた深谷。今、秘書課で。色々、情報を流してくれるんですよ」
「水野谷は、保住さんには会ったのかよ」
「いいえ。まったくもって。忙しいようですよね。姿を見かけることすら難しいです」
「はあ……やっぱりね」
吉岡はため息だ。
「おれも忙しいし。もう。なんで人事課の研修担当なんだよ!本当に。今年は新任雇用数が多すぎなんだってーの」
吉岡はぶうぶうと文句を言う。
「そう怒らないでくださいよ。自分で総務に食い込みたいって騒いでいたのに。いざ配属されたら文句ですか」
水野谷は陽気にはんぺんを頬張る。
「それより、大丈夫ですか?吉岡さん。人の心配をしている場合ではないじゃないですか」
「え?」
「澤井さんにいじめられていませんか」
「澤井課長?」
吉岡は瞬きをしてから首を傾げる。
「澤井課長は、元々そういうタイプじゃないか。誰に対しても牙をむく野獣みたいな男だ」
「そうじゃありませんよ。吉岡さんは、本当に鈍感なんだから」
水野谷は笑う。
「どういう意味?そういうお前は、もったいぶって話す癖は相変わらずだな」
吉岡はぶすくれる。
「澤井さんは、保住さんの対抗馬ですよ」
「対抗馬?」
「もう!本当に鈍感」
水野谷はそう言葉を吐くと、続ける。
「我々が目指すのは副市長の座。市役所職員として、それですよ。保住さんと同期の澤井課長も然りです。保住さんとは全く違ったタイプですけど……。認めたくないけど、澤井さんの実力は保住さんに匹敵します」
「そうなのか?あんな性格悪いのに」
「澤井さんを支持している職員は多い。まあ、保住さんが気に食わない職員たちが、くっついているだけみたいだから、まとまっているかと言えば、まとまっていないみたいですけどね」
「そ、そうなんだ」
「本当。鈍感。派閥できているの、気が付かなかったんですか」
「派閥……」
「吉岡さん。あなたは、気が付いていないかもしれないですけど、保住さんを支持するメンバーは、みんなあなたをリーダーだと思っています」
「ええ?お、おれ?」
吉岡は目を丸くする。
「本当、殴りたくなります」
水野谷は苦笑した。
「自覚してくださいよ。じゃないと、澤井に副市長の座を持っていかれます」
あの悪の大王みたいな男が副市長になるだなんて。
想像しただけで、恐ろしい。
「市役所の暗黒時代が始まるな」
「でしょ?」
水野谷は、グラスを置くと吉岡を見る。
「吉岡さん。おれは、あなたについていきますよ」
「水野谷」
いつもへらへらしている男なのに。
まっすぐに吉岡を見る。
「星音堂なんてところにいますけど、虎視眈々と、本庁に復帰することを待つとします」
「そんな野心家だったの?お前」
「おれに野心はありませんよ。ただ」
「ただ?」
「あの頃が楽しかったから。保住さんがいて。ドジな吉岡さんがいて……」
「ドジって」
「おれ、市役所に入ってよかったな~って。あの時の気持ちに支えられてここにいるんです」
「水野谷……」
自分もそう。
あの時の時間が、自分を支えてくれる。
『吉岡』
ほっと心が温かくなる笑顔。
会いたい。
あの人に。
国に行く前は、体調が悪そうだった。
大丈夫なのだろうか。
元気になったかな?
「会いたいな。保住さんに」
ぽつんとつぶやく吉岡の言葉に、水野谷も微笑を浮かべる。
「本当ですね」
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