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15.除雪と旧友
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翌朝。
天沼にワイシャツを借りた。
「ちょっと小さい」と文句を言っていると、「貸さないんだから」と怒られた。
結局、あの後は、取り留めもない話をした。
とても寝る気にはならずに、冬の夜長にお互いのことを話した。
朝、出勤すると天沼は雪かきをすると言う。
「嘘でしょう?」と止めたが、「いつものこと」と言って、彼は雪かきをしている職員に混ざるのだ。
彼の話だと、広大な駐車場の除雪は、施設管理課の職員が中心となり、心ある職員たちの善意で行われているとのことだった。
文化課振興係の職員から、そんな話を聞いたこともなかったおかげで、十文字はその事実を知らなかったのだ。
スコップを持っている彼を見て、自分だけ事務所に上がるわけにもいかず、結局は除雪作業に加わった十文字だが。
「……で、雪かきなんて、しちゃったんだ」
体がギシギシして動かなくなった腰を抑えて、机に突っ伏していた。
いい恰好を見せよう、なんて思うんじゃなかったと、十文字は唸った。
「初めてですよ。雪かきなんて」
「おれだってしないぞ。娘を送っていくので手一杯だ」
係長補佐の渡辺は気の毒そうに笑った。
「やっぱり、余計なことはするなってことでしょう」
谷口は納得したような顔をするが、係長の保住は「いやいや」と口を挟んだ。
「いいことだろう?職員の鑑だ。これを機に頑張るといいだろう」
「そんなこと言って、係長が一番、そういうことしないじゃないですか」
谷口は保住に視線を向けたが、保住はにこやかに返した。
「おれは、足を引っ張るので、遠慮しているのです」
上手く言うものだ。
隣の田口を見ると、彼はあきれた顔をしていた。
保住のコメントに同意できないという顔だ。
田口は寡黙だが、ちょっとした雰囲気で何を言いたいのかが分かる。
彼の横顔を見ていると、天沼のことを思い出した。
田口に見てもらいたいって、どういう気持ちなんだ。
この男のどこにそんな魅力があるのか分からない。
自分だったらないなと思うのだが……。
田口に軽く恋をしていた天沼を、振り向かせることができるのだろうか?
普通の恋愛をしてきた天沼を、振り向かせることができるのだろうか?
そんな不安はあるけれど、天沼の温もりを思い出すと、心が弾んだ。
昨日とは違う自分になった気がする。
たった一晩しか違わないのに。
ドキドキする胸を自覚しながら、パソコンに視線を落とした。
––––––––––––––––––––––––––––––––––
その日、昨晩放置した自家用車の雪下ろしには、かなりの時間を要した。
かまくらみたいになった愛車が不便に思えた。
十文字は、そのままの足で足元の悪い中、駅前の有料駐車場に入る。
目的地は、友人の石田が経営する喫茶店だった。
彼は、高校時代からの親友だ。
十文字の家庭環境や性格など、ありとあらゆることを理解してくれていて、何かと、相談相手にもなってくれる頼もしい、元部長だった。
今日も、彼に会いたいと思う理由は、昨晩のことを聞いてもらいたいからだろう。
本人は、あまり意識していなかったが、確実にそれだ。
「雪、ひどいな~」
くぐもった低い鐘の音を鳴らしながら、寂れた木製の扉を押すと、この雪の影響か、珍しく客がいなかった。
いや、一人だけ、カウンターに座っている先客がいたのだった。
「おっす~」
黒縁の眼鏡に、髪を真ん中分けにした冴えない恰好の男は、カウンターに座って十文字に手を振ってきた。
カウンターにいるマスターの石田は大変迷惑そうな顔色だった。
「この雪で、客もいないというのに、こいつが来てさ」
石田はそう言うと、眼鏡の男を指さした。
「おい。おれは立派なお客様だぞ~。そんなこと言っていいのかな?いいのかな?」
男はおどけて石田に言い放つ。
それを見て、十文字は苦笑しながら、彼の隣に座った。
「今日は小針一人なの?菜花さんは?」
菜花とは、この男の恋人で、県庁の職員だ。
かくいう、小針も梅沢県庁職員である。
更に、彼はこの石田の従兄弟でもあり、十文字は高校時代の部活で彼と知り合いだった。
「昨日、文科省に出張したっきり、この大雪で帰ってこられないんだって」
「ああ、そうなんだ」
そう言えば、天沼は今日の出張なしのメールを受け取っていたっけと思い出した。
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