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21.畏怖と後継
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十文字は、その時の感覚を忘れられない。
顔は笑っているのに、目が笑っていないその男は、一体何者なのだろうか。
見据えられただけで、体の奥底から悪寒が走ったのだ。
ぞくぞくと奇妙な感覚に、何もされていないのに、冷や汗が吹き出すような気がした。
ぎゅっと拳を握りしめようとしても、手にうまく力が入らない。
何だというのだ。
この男は。
そう思った瞬間、ふいに男が口を開いた。
「お疲れ様。大変ですね。廃棄資料ですか」
まさか、声をかけられるとは思ってもみなかったので、口がまごついて声が出ない。
「あ、あの」
十文字の青ざめた表情を見つけたのか、彼は、にこっと笑顔を見せた。
「そんな怖がらないで。取って食べたりしませんから。ね?十文字くん?」
男が自分の名を呼ぶのが怖くて、ますます言葉に詰まった。
動悸が耳鳴りみたいに響く中、十文字はやっとの思いで頭を下げた。
「し、失礼いたしました。驚いてしまって……なぜ、おれの名前を……」
「いやあ、君は有名人ですよ。なにせ、十文字前市長のご子息ではないですか。君を知らない幹部はもぐりだ」
幹部。
その単語を使用するとは、彼もその「幹部」の一人ということか?
「ああ、僕?自己紹介が遅くなりましたね。人事課長の久留飛(くるび)です。君が市長になった暁には、ぜひ僕を取り立てて欲しいですね」
丁寧な物言いだが、彼の声色には人を威圧する何かがある。
彼はそばにいるだけなのに、なぜこんなにも心がかき乱されて冷静さを保てないのか分からない。
「し、市長ってなんです」
「あれ?お父様の地盤、引き継がないのですか?それはもったいない。僕はてっきり、市長への道すがら、ここに就職してきたんだなと思っていたのに」
「違います。市長なんて、おれには……荷が重すぎる」
久留飛は笑いだす。
「まさか!御冗談を。お父様の関係者たちの耳に入ったら、さぞ落胆されることでしょう」
「しかし、おれには関係ないのです」
そんな話は、父親からも聞いていない。
市役所に入ると言った時も、特段なにも言わない人だった。
自分は、市長時代の父親を知らない。
いや、知ろうとしなかった。
ちょうど高校生で、反発したい気持ちもあったのかも知れないが、彼の政治活動のことも、市長の仕事っぷりも知らないのだ。
「あなたのことなんて、どうでもいいのですよ。十文字くん」
彼は口元をゆがめて笑みを浮かべた。
その言葉は、彼の胸に突き刺さった。
「別にどうだっていいんだ。君なんてね。君じゃなくても別にいいんだ。お兄さんでも。必要なのは、十文字市長の息子かどうかというだけだからね。しかし、そうか。市長の椅子には、まったく興味がないということなんですね。それを聞けて大変有意義でしたよ」
「何を……」
「興味のない君は知る必要はないことだ」
二階までの行き来でしか使用されていないエレベーターなのに、なぜこんな時に限って、なかなか来ないのだ?
そんなことをどこかで考えていると、やっと鈍い鐘の音を立ててエレベーターがやってきた。
中からは、杖を持った高齢の男性や女性がぞろぞろと降りてきた。
この人たちの乗り降りで時間を要していたのだろうと思いながら、はったとして久留飛に視線を戻すと、彼はもういなかった。
エレベーターに乗って姿を消したのだった。
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