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解雇宣告は受け付けません
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妃羅が手を離れ、霙にも会えなくなった。
俺の心の真ん中の穴は、広がるばかりだった。
【防散スカーフ】を届け、戻ったラボで、タブレットを片手に歩く妃羅の姿を見つけた。
「お前…、何やってんだ?」
近づき声を放った俺に、妃羅は、きょとんとした瞳を向ける。
「仕事だよ?」
妃羅は、何を言っているのかと不思議そうに俺を見上げた。
ここは、妃羅を守るための場所だった。
Ωというバース性に、生き辛さを感じないようにと、妃羅のために作った居場所だ。
でも、艶という番が現れた妃羅に、この場所は、もう必要ない。
[運命の番]と結ばれた妃羅を、俺が守る必要など、何処にもない。
俺が守らなければいけない者は、失くなったのだ。
妃羅も、……霙も。
妃羅は、番の艶に守られていればいい。
「嫁に行ったんだ。ここの仕事なんてしなくていい」
手許にあるタブレットを取り上げようとする俺に、妃羅は、それを放さない。
「艶ちゃんのとこにお嫁にいったけど、ここの仕事、辞めるつもりはないのっ」
ぶんっと力任せにタブレットを引き、俺の手から引ったくる。
「艶ちゃんにも、ここで働き続けていいって言われてるし。送り迎えまでしてくれてるんだよ」
頬をぷくりと膨らませた妃羅は、じとっとした瞳を俺に向けた。
「こんな物騒な所にいる必要はないだろ。お前は、艶の事務所でも手伝っていればいいんだっ」
叱るように紡いだ俺の言葉に、妃羅の瞳が、瞬間の憂いを見せる。
ムッとしていた顔の口角が、ゆるりと上を向く。
ふふっと小さな笑い声を奏でた妃羅は、勝ち誇ったように瞳を細めた。
「意地っ張りっ。寂しいクセにぃ~」
「な……っ」
揶揄うように放たれた妃羅の言葉に、声が詰まった。
背伸びした妃羅の手が、俺の頭へと伸びてきた。
まるで小さな子供をあやすかのような仕草で、俺の頭が撫でられる。
「よしよし。大丈夫だよ。妃羅は、お兄ちゃんをおいて、どこにも行かないからねぇ」
ふんわりと柔らかく笑む妃羅に、俺の眉間の皺は深くなる。
「それに、艶ちゃんの所で私が出来る仕事なんてないし~」
くすりとした笑いを零した妃羅は、声の音程を下げ、言葉を紡ぐ。
「帝斗から妃羅を根刮ぎ奪ったら、私、確実に殺されるよ?絶対、殺られるよね? だから、妃羅は黒羽製薬で働き続けるって条件で、一緒になろう、そうしよう」
うんうんと、自分の言葉に自分で頷いて見せる妃羅は、どうやら艶の真似をしていたらしい。
「って言われたの。ということで、私はここでの仕事を続けるから。兄さんの理不尽な解雇宣告は、受け付けませんっ」
びしっと人差し指を立てた妃羅は、その指を俺の唇に押し当てる。
言葉を封じられた俺は、鼻で溜め息を吐いた。
頑固な一面を持つ妃羅に、ここを辞めさせるのは困難だと悟る。
俺には、頷くという選択肢しか、残っていなかった。
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