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いらないのなら俺にくれ
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「僕は、害虫なんだ……」
ぼそりと紡がれた霙の声に、俺は視線を外さない。
諦めたように紡がれる霙の言葉に、抗いの感情は見て取れない。
「無意識に男を誑かす…、人生を狂わせ、ダメにする」
霙は、ゆるりと持ち上げた右手で、自分の頸に触れた。
「αの誰かと番になればいいのかもしれないけど…、僕は番になりたくない。βの父と僕から母を奪ったαとなんて、一緒になりたくない……」
小さくだが霙の顔が、不服げに歪んだ。
Ωの性を持つ親が[運命の番]に出会い、運命に逆らい切れず、霙を捨てたのだろう。
嫌悪感を払拭するように深く瞬いた霙は、気持ちを落ち着かせるように息を吐く。
「こんな身体で生きていくの……疲れたんだよ」
足首に纏わる黒い枷を、ゆるりとなぞる霙の指先。
「でも、自分で死ぬ勇気もないし。…誑かしたり、惑わせたり…、世の中の毒にしかならないなら、僕なんて消え……っ」
黒い足枷の上を滑っていた霙の指先を、ぐっと掴んだ。
突如、捕まれた手に、霙は驚きに開かれた瞳で俺を見上げた。
「くれよ……。捨てるくらいなら、俺にくれよ。お前の命」
衝動的に掴んでしまった霙の指先から、そっと手を離す。
俺が、願ったのは[運命の番]の幸せだ。
俺と共に居なくても、どこかで幸せに暮らしているならばと、自分を納得させていた。
この世から消えて欲しいと思っていた訳じゃない。
霙が死んでしまうなんて、そんな哀しい結末を求めている訳じゃない。
「お前に合う抑制剤を作ればいいんだろ? そんなの俺の手にかかれば、簡単だ」
悦に入る俺の瞳が、弧を描く。
俺の笑みに、霙は戸惑うように視線を背けた。
思案するように瞳を彷徨わせた霙は、困り顔のままに俺を見上げ、黒い枷が嵌まる足を持ち上げた。
「僕の命は、僕のものじゃないから」
自分のものであれば差し出すコトに何の差し障りもないと言うような風体に、生に無頓着な雰囲気に、少なからず苛つきを覚えた。
俺は、霙の足に絡みつく黒い枷を指先で弾く。
「金だろ。なんの問題もない」
ふっと嘲るように鼻を鳴らす俺に、霙の顔は曇りを増す。
「貴方にお金を払ってもらう義理なんてない」
捨てるように吐かれた言葉に、“貴方”と言う距離のある呼び名に、溜め息が漏れた。
霙は、俺の名前すら知らない。
俺という個人を、認識していない。
αである俺を、個として認識したいとも思っていないのかもしれない。
αが嫌いな霙は、運命という糸で繋がっていようとも、糸の先を確認しようとはしない。
「貴方、じゃない。帝斗だ。俺の名は、黒羽 帝斗。帝斗と呼べ」
それでも俺は、運命が導くままに霙を愛しく想ってしまっている。
αを嫌う霙の心の中に棲まえないとわかっているのに、俺の心は既に、根刮ぎ攫われてしまっていた……。
ふと戻した視界に映るのは、霙の着ている病衣だ。
社員寮の一角であるこの場所に、ワンピースタイプの病衣は浮いて見える。
「着替えはここにある」
クローゼットを開け、白いシャツにカーキ色のチノパン、下着や靴下を適当に手に取り、ベッドに座ったままの霙の足許に放った。
きょとんとしたままに、それらを見詰めている霙に言葉を足す。
「その格好だと悪目立ちする。後で人を寄越すから、そいつの指示に従え」
俺は、霙の部屋を後にし、治験場所である地下へと向かった。
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